一言いいたい21

大阪じじい報告=240422  ハピラインふくい

雨の日が多くなってきました。最高気温が25℃以上の夏日の日も出現。ジットリとなまぬるく、春というより梅雨のような気候です。

 

 先週、日帰りの旅に出てきました。近畿地方の北半分を反時計回りに、主に鉄道を使って、ぐるっと回ってきました。いやというほど電車に乗ってきた・・・。

 大阪からJRで滋賀県・米原まで行き、これからマイカーで北陸の旅に出る娘とおち合い、車に乗せてもらい琵琶湖・湖東地方を北上。「福井県内の適当な駅の近くで降ろしてくれ」というと、娘はスマホで適切な駅と列車時刻を即座に調べてくれます。便利な世の中ですな。けれど、なんだか「ハラハラ、ドキドキ、ワクワク」感がないなあ・・・。で、南越前市の北陸本線の南条という駅の近くで降ろしてもらいました。

 

 「ありがとう。気をつけてな」。礼を言って車から降り、娘が走り去ったあと、数百m離れた南条駅に徒歩で向かいます。北陸本線南条駅。無人駅。切符販売機、無し。ICカードリーダーと整理券発券機があるだけ。トイレなし。あるけど施錠され「使用できません」の貼り紙。もちろん売店などなし。早い話、鉄道駅だけど「屋根と壁のあるバス停」です。

 

 ICカードを「ピッ」とかざして入場。予定では途中下車せず、列車を乗り継いでいきます。この後、敦賀から小浜線で舞鶴へ、舞鶴から舞鶴線で綾部へ、綾部から山陰本線で福知山へ、福知山から福知山線で宝塚へ。宝塚でJRを降りて阪急で大阪に帰る旅程です。ほとんどが山間の森の中を走る路線。舞鶴に近づくに従い、若狭湾が見えてきます。眺めていて飽きません。

 

 この旅で思ったのは、かなりのお客さんが乗っているということ。座れないこともあります。今回乗った路線、JRが廃止対象にしている路線もあるけれど、これを切り捨てたら、この列車を利用している人たちはどうするのでしょう。バスが代行する、というが、2両編成の列車に座れないくらいの旅客。バスなら3、4台必要ではないか。なんで、こんなに旅客が乗っていて「赤字ローカル線」になるのだ? 

 

 むかし「鉄道の運行経費は、蒸気機関車を100としたら、ディーゼルカーなら50,電車なら30」と聞きました。今回通った路線はすべて電化されています。最新鋭のVVVFインバーター制御の電車で、軽量で消費電力は極めて少ない。昔はどんな田舎でも、ほとんどの駅には駅員さんがいました。今は無人です。どんな列車にも車掌さんが乗っていました。貨物列車にも乗っていました。今回乗った路線の大半はワンマンカー、運転手しかいません。そんな列車に旅客がいっぱい。 これで何が不満で、線路を廃止するのか! 

 

 航空だってそうです。主力機のB727といっても178人乗り。これに3人のコックピットクルー。飛行間整備士も2人いた。それが、500人乗りの飛行機にパイロット2人、整備士・・・ゼロ。 飛行機も技術の進歩で、旅客一人当たり燃費は半分以下のはず。ものすごくもうかっているはず。なのに、まだ不満で「さらにコスト削減」という会社。いったいどれだけもうけたいのでしょう。

 

 ようやく宝塚に到着。疲れた・・・。阪急に乗り換えるため改札を出ようとICカードをかざしたら「キンコ~ン!! 駅係員まで出頭せよ!!」の表示。「料金不足・・かな?」と思いつつ改札口の横の係員のところに行きます。係員は私のICカードをカードリーダーにセットし、データを読みます。 係員「南条駅からハピラインふくいに乗車されていますね?」 私「ハピラインふくい? なにそれ?」 

 北陸新幹線が敦賀まで開通したので、JRは北陸本線の大半を廃止したそうです。それでは地元が困るので、第3セクターが後を引き継いだのだそうです。そういえば、ニュースでそんなことをいってました。係員いわく「ここではハピラインふくいの清算ができませんので、敦賀か、ハピラインふくいの車内で清算していただけますか」と(!?)。

 

 『ナンヤト~!! すっかり夜になり、もう我が家の手前まで来ていて、今から福井県まで戻って、清算してこいって!? フザケンジャネ~!! ならば、なんで最初にそれを説明せんのだ! なんでICカードを受け付けたんだ!! 』と思い、改札口を強行突破しようかとしましたが、「JR分だけ清算します。いつでも結構ですので、今度行かれた時、むこうでハピライン分を清算してください」と言われたので、強行突破はやめました。

 

 北陸本線、じゃないハピラインふくいの列車の車内広告には「つながる北陸・富山/石川/福井」というポスターがいたるところに掲示してありました。しかしつながったのは北陸地方と東京など首都圏であり、地元はJRから切り離され、まともに料金の精算もできず、完全に分断されてしまっています。新しいシステムが完成した結果、一部の地方や人たちが取り残される事態が見えました。

 

 のどかでやさしい景色の北陸地方。そのうち「ハピラインふくい」の清算(720円)に行ってこようと思っています。

 

 

 

 

大阪じじい報告=240414  赤ひげ先生

サクラが咲いた、と思ったら、春の嵐が吹き荒れ、あっという間にかなり散ってしまいました。「なんだよ~。せっかく力入れて咲いたのに、ホントにもう」と、サクラが思ったかどうか知りませんが、道路は花びらのじゅうたんになっています。

 

 今年の私は、花粉症の症状がきわめて軽い。朝は例年通り、クシャミ、鼻水、鼻づまりはありますが、昼間はほとんど”普通”です。「花粉症克服!」と思ったけれど・・。ずっと、頭の芯に鈍痛があり、微熱一歩手前(36,736,9℃)がもう一月以上続いています。コロナの抗原検査はいつも陰性ですし、体調は特に変わらない。これも花粉症の症状の一つかもしれません。花粉の”変位株”の症状かも。

 

先月、本当に久しぶりに観劇しました。医療生協・豊中診療所70周年記念行事として取り組まれたもので、演目は「赤ひげ」。主演:嵐圭史。全国で何十年にもわたって前進座で演じられている作品ですし、原作は山本周五郎さんの小説ですから、ご存じの方も多いでしょうが、私は初めて知りました。物語は1958年に書かれたから、今の時代には、あまりあわないかと思うでしょうがそんなことはない。今の若い人こそ観る(読む)べきだと思いました。

 

 江戸時代。安本という、若い医者が、小石川養生所という、公設の病院に赴任してきます。安本は長崎で当時の最先端の医学を学んだエリートで、それをハナにかけています。結婚を約束した女性がいました。学校を卒業した後は、幕府お抱えの医者になり、彼女と結婚するつもりでした。 

 しかしフィアンセは安本を裏切り他の男と結婚してしまい、おまけに配属先は、貧乏長屋の中にある小汚いちっぽけな病院。その病院の責任者は「赤ひげ」の異名をとる髭モジャモジャの頑固ジジイの医者。安本は毎日ふてくされて過ごします。

 

「ヤスモト、行くぞ!」。ふてくされる安本を引き連れ、毎日下町を回診する赤ひげ先生。回診はお上から禁じられているが、赤ひげ先生は無視。無骨でずけずけものを言うのに、庶民に慕われ、金のない貧乏人からは治療費をとらない。毎日一緒に出歩く安本にも、やがて町人のなかに知り合いが出来てくる。とある少年と友だちにもなる。

 しかしそんな知り合いが病で亡くなる。また、せっかく友達になった少年が、貧しさゆえの一家心中の犠牲になる。嘆き悲しむ安本に、赤ひげ先生は自身も泣きながら「ヤスモト! 泣け!怒れ! 医療の未熟さに、おのれの力のなさに! 世の中の不条理に!」と怒鳴る。 

 

 落ち込む安本くんに、赤ひげ先生は「人間にとって大切なのは、何をしたか、ではない。何をしようとしたかだ」「何かをしようと頑張っても徒労に終わるやもしれぬ。それでもよい。それがお前を強くする」と。

 

 労働条件を良くしよう、働きやすい職場をつくろう、平和で住みよい社会を創ろう、そう思って頑張ってもなかなかうまくいかない。うまくいかないどころか、世の中悪くなるばかり。だけど「何かをしようと頑張っても徒労に終わるやもしれぬ。それでもよい。それが我々を強くする」のです。

 

 エリート意識と、下町病院をバカにしていた安本が、そんな毎日を送るなかで変わっていきます。

800人入る会場は満員御礼。生協職員の一部は入場できず、後日の公演にまわされました。 

 

 自民党の「裏金作りパーティー」は、会場の定員の5倍のパーティー券を売りさばいていたそうですね。裏金問題をスクープした赤旗しんぶんが、会場のホテルに問い合わせたところ「定員以上の入場はお断りさせていただいております」と返事。そんなに売っても会場に入れないのはわかっている。けれど売りまくる。「カネ集めが目当て」がバレバレ。そこまでして集めた金を、きちんと記載しない、隠す。 

 

 

 こいつら「何をしたのか! 何をしようとしてるのか!」ですね。  

 

 

 

大阪じじい報告=240326  北大阪急行延伸

わが豊中市・千里中央から大阪市内、堺市を結ぶ北大阪急行が、23日、箕面・萱野(かやの)中央まで、延伸されました。ほんの2駅、3km足らずくらいの距離ですが、新しい鉄道路線ができるというのはレールマニアの私にとってうれしいこと。 

 

 さっそく試乗しに行ってきました。あいにくのドシャ降りの雨の中、終点、萱野中央駅まで行きました。

■萱野中央にて

 かつて田んぼや畑だったところは、バスロータリーとショッピング・モールに大変身。大雨の中ですが、駅前は大変な混雑。オープニング企画で、ジャズやブラスバンドが屋外の仮設舞台で演奏しています。ただ、屋根があるといっても、雨が結構吹き込んでいるし、観客席には屋根はなし。 駅前や新しいショッピングモールの人出に対し、コンサートの聴衆はまばら。楽器もかなりぬれているようで、ありゃ、演者がちょっとかわいそうでしたね。

 

 新しい鉄道路線の開通ですから、メディアも取材に来ていました。家族連れが多く、電車が到着するたび、珍しそうに、子どもから大人まで、ほとんどみんないっせいにスマホで撮影。「今までと同じ電車やないか。なにが珍しいんじゃ」と口には出しませんが、思いましたね。

 

■箕面船場阪大前にて

 大阪大学外語学科(元大阪外大)が、昨年移転してきたところに一つ駅ができました。かつては広大な竹藪。その後、繊維問屋や物流拠点にするべく竹藪を破壊しつくし、広い広い空き地&造成地になっていました。妻が運転免許教習所に通っている時、夜、マイカーでこの造成地で運転の練習をしたもんです。今はビル群になっています。 

 

 電車は開通したけれど、まだ駅前のインフラは半分くらいしか出来ていないようです。電車を利用する人は、工事現場の中を歩かなければならないのではないかなあ・・。

 この大阪大学の建物内には市立図書館が併設されています。管理者は大阪大学みたいです。新しくきれいで、大学が所有する蔵書もあるので、充実していると市のパンフレットにはあります。 

 

 しかしここから数百m西の住宅街の中には、これまで船場南図書館がありましたが、阪大の図書館に吸収される形で閉館されてしまいました。例の政府の、コスト削減のための公共施設20%削減推進計画に則った処置によるものでしょう。閉館されて3年、今はバリケードに囲まれて、ひと気はありません。 

 

 船場南図書館の周りには芝生広場、植栽があり、ちょっとした公園のようでした。おしゃれなデザインの建物の一番上には天体観測用ドームがあります。夜、子どもたちを集め、天体観測が行われていた模様です。船場南図書館が閉館されて3年経ちます。けれど、立派な建物です。おそらく壊すのにもかなりの費用がかかるのでしょう。今もそのまま残っています。それどころか、芝生や植栽は放置しておくと荒れてくるので、定期的にきれいに剪定が行われています。閉鎖したがそのまま残る。メンテもしている。な~にがコスト削減や!! 大ムダではないか!

 

■千里中央にて

 22日までは、終着駅で北摂の交通の一大拠点でした。広いバスターミナルがあります。ここから箕面市内のいろんな方面にバスが次々発着していました・・。今日、雨の中、バスターミナルは閑散としています。たくさんあるバス乗り場のほとんどが閉鎖されています。箕面方面のバス路線のほとんどが新駅の萱野中央に移ったからです。

 

 この駅からさらに線路が伸びたのだから、なにか記念のイベントをしているのではと思いましたが、な~んにもしていない。「中心地」ポジションが萱野中央に奪われた悔しさ、ちょっとスネたような雰囲気を感じました。雨のせいもあるでしょうが、いつもより人通りも少ない。

 

 終着でバス路線の拠点駅から途中駅に「格落ち」したくらいでも、このヒッソリ感。今、地方で、ものすごい勢いで鉄道路線が廃止されている現実を思う時、その廃止された鉄道の駅前や町は、どれほど暗く沈み込むことでしょう。

 

 この北大阪急行の延伸にあたり、箕面市が200億円という大金を市の財政から拠出したそうです。今後、箕面市は大コストカット行政をすすめるでしょう。維新市長だから、ちょっと恐い気がします。

以上、北大阪急行の現場よりお伝えしました。

 

 

 

 

 

大阪じじい報告=240317  アナログ人間

いきなり春になってしまったような、今日の大阪。半袖Tシャツで歩いている人もいます。「東大寺のお水取り(修二会の行)が終わったら、関西に春が来る」と言われますが、本当にそうです。日差しはうららか、とても暖かい。ついでに花粉も大量に飛んでいるようで、鼻も目もグチャグチャですわ・・・。

 

 つい先日、正月だったと思っていたのに、もう3月半ば。月日の経つのは速いですねえ、というより、速すぎる。時の流れについていけない。時の流れだけでなく、社会の変化も速すぎる。ついていけない・・・。もうそんな変化に合わせようと思わなくなりました。

 

 話によると、この3月いっぱいで、ガラケーは使えなくなると聞きました。「なんで!?」と聞いても、みなさん「なんや知らんけど、アカンようになんねんて」と。

 

 私はガラケー人間です。周りに言ってるんです。「このケータイが使えんようになったら、おれのケータイ生活は終わりや」と。スマホなんかに、意地でも変えるものか!と、むきになって、DX(ディジタル・トランスフォーメーション)に抵抗しています(ガラケーだってディジタルなんですがね)。

 

 しかしおかしいと思いませんか。テレビの地デジ移行の時もそうでしたが、勝手に電波の種類を変えてしまって、否が応でもテレビを買い替えさせる。それに味をしめたか、今度はケータイ電話も。技術的・経済的に対応できない人がとり残される。今後も新しい技術が導入されるたびに、たくさんの人がふるい落とされていくことになるのでしょう。

 

 メーカーや通信会社が「最近、売り上げが伸び悩んできたなあ。よし、そろそろ新しい電波に変えるか」と思ったら最後、全国民対象に「より早く、より美しく」「臨場感あふれる、まったく新しいテクノロジー」「異次元の世界へゴー!」とかなんとか、マスコミを動員してみんなを煽りたてる。 煽りたてるだけでなく、ついてこられない人は、その後の情報通信環境から排除され、困ることになる。

 

 多くの人は、必死でついていこうと頑張る。わたしのように端から「ケッ! 勝手にさらせ!」とついていけずにスネて脱落する者は「アナログ人間」というあざけりのなか、情報通信環境からとり残されていくのでしょう。

 

 しかし、何人かに「で、アナログってなに? ディジタルってなに?」と聞いてみましたが、ほぼ答えは返ってきません。まして「なんでディジタル化するの?」「ディジタルの特徴ってなに?」「アナログの特徴ってなに?」と聞いても、ほぼみなさん「・・・」です。

 

 ようするに、いったい何が行われようとしているのかわからないまま、メーカーや通信会社の「さあ買え! もっと買え! 買えないヤツは去れ!」に踊らされているように思います。もちろん、スマホやパソコンなど、ディジタル・グッズも道具です。上手に使えば、非常に便利で力を発揮します。世界中で、平和を守れ、民主主義を守れ、雇用を守れ、環境を守れと、市民が行動するうえで、ディジタル・グッズが絶大な力を発揮しています。

 

 群馬県(だったかな)の父母のあいだで「小学校の給食費を無償化してほしい」という運動が起こりました。ほとんどの若い父母は、こういう市民運動は未経験でした。けれど、学習会を開き、署名を集めたり、繁華街で宣伝したりなど、市民運動のベテランから運動のノウハウを聞き、スマホを駆使して連絡や取り組みを拡散。走り回った結果、市議会は全会一致で、給食費の無償化に対する決議をあげます。

 

 市民運動のベテランは「SNS(ディジタル)のすごさを感じた」と言いましたが、それに対し、ある若い母親は「いろんな人と対面で話をして、繁華街で宣伝して、自分も勉強してと、アナログな行動の大切さ、力を感じた」と返しました。いいね! この母ちゃん!

 

 アナログだの、ディジタルだのとこだわらず、素直に使えるものは使う。使う中で、その道具の使い方を習熟し、その値打ちを知ることが大切なんでしょう。わかっちゃいるが、スマホには抵抗あるなあ・・。 

 

 

 

 

 

大阪じじい報告=240301  タイム・プレッシャー

このところ、雨の日が多くなっています。冷たい雨ですが、季節の変わり目、春を呼ぶ雨だと思えば、この雨もありがたい。が、ちょっと時季が早すぎるんじゃないかなあ・・。

 

 昨年、転職したことは、すでにお伝えしました。仕事の内容は、送迎車の運転手で変わりはないことも。ただ、今度の職場での運転業務は、これまでの職場の運転業務と大きく違うところがあります。それはなにかというと、作業所から自宅への送りの時間が、それほど厳密に決まっていない、ことです。 

 

 これまでの職場は、自宅到着時間が「Aさん―1615分、Bさん―16時25分、Cさんー1630分・・・」ときちんと決められていて、到着は±5分以内。早くなりそうなときは、遠回りしたり、どこか空きスペースで止まっていたりしましたが、遅れる時、それが5分以上になる場合、利用者の家族さんに電話をします。「渋滞しておりまして、到着が遅れます」というふうに。 

 

 しかし、この都市部の交通状況。日によって、時間によって、渋滞したり、やけに空いていたり。 なかなか時刻通りには走れません。「慌てず、安全第一でお願いします」と施設の責任者は言いますが、やっぱりそうはいかない。とくに私はダメです。遅れだすと、あせってしまいます。

 

 ANA時代からそうでしたが、どうも私はタイム・プレッシャーに弱く、時間が迫ってくると冷静さを欠くのです。まあこれは私に限らず、だれでもそれは言えるのでしょう。いわゆる「ハリアップ・シンドローム」というやつで、航空界では世界中でハリアップ・シンドロームにより事故が起きているようですから。

 

 飛行間にて「このメインブレーカーを交換しなければ、不具合は直らない。けれど交換するためには、電気室のジャンクションボックス内に電気が通っている状態で交換作業をしなければならない。危険だ。いっそ、機体電源を全部落とした方が安全だけど、機体電源を全部切ると、電気室内は真っ暗になる。乗員さんがせっかく立ち上げたIRSをいったんオフにしなければならない。グランドハンドリング作業もストップする、燃料の搭載もストップする。かなりディレイしそう。仕方ない、このままやるか。恐いけど・・」。

 

 冷や汗をかきながら、感電に怯えながら作業をする。すると、後ろからランプ管理者が「整備さん、まだかかりますか!? PAXへ案内しないといけないんですけど、あとどれぐらいかかりますか!?」とせっつく。「ジャカマシわい!! ダ~ットレ!!」と、心の中で思いつつ「はあ・・、あの・・、ちょっと・・」と言ったとたん、手から小さなネジがコンコロリンと落ちて…行方不明・・。「しまった!」と慌てて手を動かしたとたん、手に持っていたレンチが横の通電している端子に接触し、バシッ!と火花! 端子が溶ける! アチャ~! こんなとき、本当に会社を辞めたくなりましたね。

 

 あわてるとロクなことになりません。

 

 今、日本中で一番慌てているのは、もしかしたら、我が大阪の維新のみなさんかも知れません。来年開催の関西・大阪万博が間に合わない可能性が高くなってきたんですから。「間に合いそうにないので、労基法の規制は適用外に」「会場建設の際の検査手続きを簡略化して」「省エネ設計の空調設備は間に合わないから、個別タイプ(一般家庭用)のエアコンで」と、もう、最初に掲げた「地球にやさしい」などのうたい文句もルールも無視させてくれ、というのですから。

 

 送迎車の運行でイヤなのは、朝です。道路を走る車、みなさんあせっているようで、運転が荒い。きっと時間に追われているのでしょう。だけど、信号は守る。車線も守る。スピードも著しくオーバーしていることはない。あわてていても規則は守る。でないと事故につながるからです。

 

 しかし大阪府市は「そんなこと言ってたら間に合わん! 規則は無視させてくれ」というのです。「ルール通りやってたら開催できないから、ルールは守らんでもええことにしてくれ、と。そんなもん、完全に破たんしてるやないですか」と、たつみコータロー前参院議員。

 

 時間に追われて、ルール無視して、突貫工事でハリボテパビリオンをつくる。ろくでもないシロモノができるのではないか。莫大な税金を使って、トバク場の準備のための口実としての万博。こんな万博、止めてまえ、と思わずにはいられませんよ。

 

 

 

 

大阪じじい報告=240219  住宅ローンを抱えた人は

寒風の中、梅の花が満開です。丹波の山里では菜の花が、これまた満開です。まだ寒いけれど、春はそこまで来ていますね。

 

街を見ていて気にかかるのが、空き家です。比較的広い大きなお宅が多いようです。庭は草ボウボウ。ポストには多くの広告が押し込まれ、それが雨にぬれ、乾き、またぬれて乾きボロボロになっています。玄関のポーチは砂ぼこりが堆積し、雨水が流れたあとが出来ています。雨戸はすべて閉じられて久しいようで、ペンキが色あせ、外板は雨風にうたれ、めくれ、反り返っています。

 

 かつて、この家には若い父母と子どもたちが、生活していたのでしょう。生活する中では、楽しい出来事だけではなく、苦しいことや悲しいこともあったでしょう。家は、この家族の喜怒哀楽、それを通して家族が成長する様子を黙って見つめながら、この家族を世間の寒風から守ってきたのです。 

 

 子どもたちは成長し、独り立ちし、巣立っていきました。子育てが終わった父母は、年老いて衰えていきます。施設に入ったり、天に召されて、

ついに家は空き家となるのでしょう。長年、家族を支えてきた家もガタが来る。空き家となった家は荒れはてていきます。やがて空き家は取り壊され、そこに新しく建売住宅が建ちます。わが町では、都市部の地価の事情からでしょう、これまでの住宅1戸の跡地に3~4軒の建売住宅が建っています。 

むかしのような、ゆったりとした広い庭はありません。敷地いっぱいに建てられた、まるで箱のような家、だけどカーポートは必ずある。日本の都市部における生活様式の変化 ー ゆったり感はなくなった。けれどモノはあるよ ー を家も表わしているように思います。

 

 ただ、家を買うにあたっては、おそらく昔も今も、大きなローンを抱えていたことでしょう。家を買ったが最後、立ち止まることは許されない。全力で走り続けなければなりません。新築の住宅ができると、わりあいすぐに若い家族が購入して、家の周りで子どもたちが走り回っています。 

「カネ、あるんやな~」とヘルパーの女性が感心していましたが、教えてあげるんです。「今はね、カネがなくても買えるんですよ。その代り、ローンが大変ですよ。病気やケガで『ちょっと休憩』は許されへんのですからね」と。「そ~やねえ・・」とヘルパーさん。

 

 銀行から2000万円、3000万円という金を借り、それを返すために、まさに人生をかけて、父も母も必死で働く。やっと完済できた時は、自分も家もくたびれてボロくなった頃。それが一般的な労働者の経済力です。

 

 そんな労働者が一生をかけて必死で返すような金額のカネを、1回のパーティーで手にし、それを「机の中に入れて保管してました」だの、「あっ、記載するの忘れてました」「秘書が勝手にしまい込んでました」「こんなことで追及されるなんて、寛容でない」だの、クビになった際、金庫にしまってあった官房機密費という税金を持ち逃げしただの、自民党の連中、こいつら、ホンマにど~いう感覚しているのか! 

 

   家をめぐって、いろいろ思うところです。

 

 

 

大阪じじい報告=240209  うっかりミス

寒い日が続いています。けれど日の暮れが遅くなってきましたね。また、晴れた昼間の日差しは暖かく、なんとなく春の気配を感じます。

 

 昨年11月に転職しました。といっても、仕事内容は、送迎車の運転手で変わらず。出勤場所も、新職場は旧職場から200mほど西にあるだけで、あまり変わりません。高齢者介護施設利用者の送迎から、中途障がい者(病気やけがなどで、人生の途中で障がいをもつことになった人たち)が働く共同作業場への送迎に変わりました。

 

 新たに、送迎する人たちの自宅や施設を覚えなければなりませんが、土地勘もあり、すぐ覚えられました。70歳を目前にしても、新しく覚えられる。人間てすごいですね。ただし・・・。

 

 先日、朝のお迎え走行中、Aさん、Bさんに次いで、Cさんを迎えに行こうとしたら、Bさんが「今日はDさん、休まはるの?」と私に聞きます。「エッ? いや、Cさんの次に、Dさんとこ行きま・・」まで言って、ハタと気づきました。 そうだった! 今日は、Aさん、Bさん、Cさん、Dさんではなく、Aさん、Bさん、Dさん、Cさんの順になるということに。曜日によって、送迎順序が入れ替わるのです。大あわてで、Dさん宅をめざしましたが、当然かなり遅れました。

 朝、出発前「今日はCさんとDさんの順序が入れ替わるので気をつけよう」と思っていたのですが、送迎の途中からすっかり忘れていた・・。Bさんに指摘されるまで。 

 

「うっかりミス」というのは、整備現役時代の過去から、もう数えきれないほど犯してきました。ログサイン忘れ、配線ミスでB4Fが飛べなくなった、スイッチ操作ミスでB6Fの貨物室ドアをひん曲げたり、電圧測定のアナログテスターのレンジを間違い、テスターを壊したり・・・。「ミス・過失」というのは、わざと犯してしまうのではない。ミスなどしたくないのに、ついうっかり犯してしまうものです。 

 

 むかし「火事とケンカは、江戸の華」なんて言われるほど、江戸の町では火事が頻発していました。しかし当時の消火作業は、せいぜい桶で水をかける程度。延焼を防ぐため、火元に隣接した家をぶっ壊すことが消防団の仕事だったといいます。ひとたび火災が発生すれば、燃えるにまかせるしかない。かなりの被害が生じることになります。とても「江戸の華」なんてもんではなかったようです。 

 

 だから幕府は「火事を出した者は死罪に処す」とおふれを出します。けれどやっぱり火事は多発し、多くの人命や私財が焼失しました。おそらく死罪、処刑された人も、たくさんいたでしょう。

 

 いっぽう、時を同じくして、海の彼方のロンドンでも「ロンドン大火」という大火事が発生。市内のかなりの部分が焼失します。この時、当時のイギリス政府は、この大火を教訓に「不燃都市ロンドン」をコンセプトに復興。道路や公園を適切に配置、住宅の間隔なども十分とり、ロンドンを延焼しにくい街に作り直します。 

 

 これ以降、ロンドンでは大きな火災は発生していません。結局、ミスを起こした個人を責め立てても、再発防止はできないということです。再発防止は、個人責任追及ではなく、科学的見地からミスを誘う原因を除去すること。万一、人間にミスが発生しても、どこかで止められる、リカバーできる、そういう対策が必要なんでしょう。

 

 年始の羽田での事故調査が進められているようです。しっかりした原因究明と科学的見地に立った、再発防止策を望むところです。 

 

 

 

 

大阪じじい報告=240127  エンゲージメント

寒い日が続いています。ここ大阪北摂地域でも、ときおり風花がチラチラと舞い降りてきます。 最高気温5℃という日もありました。メッチャサブイ。しかし・・・、道の水たまりに、氷がありません。アスファルト路面は温かいのでしょうね。夏、暑いはずだ。

 

 寒い中、熱いたたかい、”春闘”が本格的にスタートしました(と、テレビのニュースで言ってました)。とはいうが、個人加盟労組と年金者組合には加盟していますが、なにか春闘で取り組むのか、たたかうのか、なにもしないのか、まったく情報が入りません。どうなっているんだ。 

 

 これだけ物価が上がっている中、経団連も「物価動向を重視し、自社に適した結論を得る」「中小企業における賃金引き上げと処遇改善が、我が国全体の(賃上げの)機運醸成に重要」(2024経労委報告)と言っています。大幅賃上げのチャンスです。みんなの声を集め、遠慮せず、要求をしていくべきでしょうに。

 

 またまた古新聞紙上の記事です。昨年の経団連「2023・経労委報告」についての大木一訓・日福大名誉教授の解説記事です。

(2023223日付 赤旗。かなり文言を変えています)

 ▶今回の経労委報告の特徴は、いたるところに『エンゲージメント』向上の必要性を唱えていることであろう。生産性向上や組織・チームの

    付価値の最大化は働き手の『エンゲージメント』を高めることが重要と。この呪文のような用語は何を意味するのであろうか。

 

      結婚などの際に日本でよく使われるengagementは、ビジネス界では、組織に対する愛着心や働き甲斐という意味でつかわれる。経団連が

         『エンゲージメント』を重視するようになったのは、アメリカの調査会社の調査で「仕事に対する満足度」が、日本の労働者のそれが、

          2017の調査では139カ国中132位、さらに2022年調査では129カ国中、128位だったという結果が暴露されてからである。

 

          世界一忠実な従業員を擁していると信じていた財界・大企業は衝撃を受け『エンゲージメント』重視に向かったのである。しかし『エンゲ

          ージメント』を重視する対策は、世界から見ると極めて異質なものだった。

 

      労働者が「組織や仕事に主体的に貢献する意欲や姿勢」、つまり企業へ忠誠を誓わせることが『エンゲージメント』であると定義した。

          その果ある大企業では、創業者の家訓を持ちだし、従業員にそれに従わせているところまで出現している。

 

      同時に、経労委報告では「年代、部署、雇用形態、職種など、区分ごとに『エンゲージメント』を把握し、必要な対策を講じる」として

          いる。息が詰まるような、監視・管理・監督社会である課題掌握→施策立案→実行→効果測定→課題掌握・・、これを繰り返し実行し

         『エンゲージント』を高めるという。しかしその結果、パワハラ、息の詰まる職場からの大量の離職などが生じているのだが、経団連には見え

            ないようだ。

 

      労働者は個人としての自由な人格を擁している。労働者を力づくで企業に従わせることなどできない。経団連は、それがわからないのだ。

          129カ国中128位。これは労働者から見た企業評価結果なのだ。

 

 

 もうひとつ紹介します。人事コンサルタントを手掛ける「リクルートマネジメント・ソリューションズが、2022年度新入社員を対象にした

調査です。(2023年 325日 同紙)

 ▶「働きたい職場はどんな職場?」に対する回答のトップは「お互いに助け合う職場(約70%で過去最高)」。

 

     大きく増えた回答に「個性を尊重する職場(+12,4%)」、逆に大きく減った回答「活気がある」「お互い鍛えあう」

          (ともに―11,6%)。「働くうえで大切にしたいことは?」は「スキルや知識を身につけること」(49%でトップ)。 

 

    若い人たちは「活気」や「鍛えあう」のではなく、「個性豊かに、助け合う」、それでこそ「しっかりスキルや知識を身につけることが

          できる」と感じているし、切実にそれを願っているのです。

 

  どちらも昨年の話ですが、おそらくあまり変わっていないでしょう。春闘をこれから取り組もうという古い時代の人間として、参考になるのではないかと思います。

  

 

 

 

大阪じじい報告=240120  被災者支援には

元日発生の能登北陸の大地震。いまだ被災地は、大きな混乱の中にあるようです。

 

真冬の日本海側の地方の厳しさは、現役時代から感じていました。

・私の生まれた地は、京都府の日本海側の丹後地方。今回の震源地から、さほど遠くないところです。10月生まれですが、母がよく「アンタが生まれた時、寒~かったでェ。病院にストーブ炊いたあったで」と話していました。同じ京都でも、京都市内はまだ夏の名残がある時に、日本海側ではストーブだと。 

 

・山形・庄内空港に冬期何度か出張したことがありました。羽田から1時間足らずで着き機外に出ると、羽田に比べ、おそらく10℃くらい気温が低い。外は吹雪。 

 

・飛行機がライトニング(落雷)を最も多く受ける空港は、冬の小松空港だと聞きました。そんな厳しい自然環境下での震災です。

 

古い新聞記事を紹介します。「しんぶん赤旗」2011114日付です。

東日本大震災による被災者の生活再建と憲法をテーマにした二つのシンポジウムでの発言内容です。

▶被災者支援についての基本的視点は「被災者というのは、全国民から見れば、ごく少数者だ。しかし憲法の精神は、少数者の権利と自由を守ることに本質がある」ー 伊藤真・法学館憲法研究所長

 

▶「個人の尊重」を徹底し、被災者個人を大切にすることが支援の基本だ。「個人資産の形成になるから、個人への補償はしない」などというのはごまかし。被災者が望んでいるのは、財産を元に戻せではなく、また立ち上がろうとする被災者を、公的に支えてほしい、ということ。ー 浦部法穂・同研究所顧問

 

▶公的支援を求めようとすると、分厚い申請書類が渡された。家もなく、あるいは家族が亡くなっているような人に、この書類の山。見る気もしない。何を考えているのか。被災者支援の申請書類の簡素化を。ー 福島・南相馬から神奈川県に避難している山崎氏

 

▶個人住宅支援は生存権保障に不可欠。思い切った制度拡充に取り組みたい。ー 井上哲参院議員

 

▶多くの農漁村は、道路が寸断され孤立してしまった。非常時の交通網について補完性を考える必要がある。ー 名古屋大学大学院・林教授

 

▶新幹線の開業とあわせ、多くの在来線が廃線されてしまった。その結果、交通は道路一辺倒になり、物流がマヒしてしまった。ー 東北大学・奥村誠教授 etc

 

 12年前の東日本大震災後のシンポジウムですが、当時の課題・問題が、少しでも改善されているでしょうか。相変わらずの、体育館での雑魚寝、集落の孤立、支援物資の停滞、見かねて手を差し伸べようとする人たちに対し「混乱しますので、当面ボランティアはお控えください」・・・。

 

 行政は、多くの震災から何を学んだのでしょう。軍備増強や万博をやってる場合ではないでしょうに。

 

 

 

 

大阪じじい報告=240105  年頭!改めて安心安全

   あけまして、おめでとうございます・・・というか、おめでとうというのが、はばかられるような、波乱の2024年の幕開けです。

 北陸の大地震の際、大阪でも震度4、かなり揺れました。 正月早々、被災された人たち。 胸が痛みます。

  テレビを見ていたら「ニュース速報」のテロップ。 「あっ、また余震が起きたのかな」と思っていたら、「羽田空港で、着陸機で火災発生」の第一報。  

「着陸時の火災」というから、ブレーキ・ファイヤー(着陸時の強いブレーキで、ブレーキが過熱し、脚のちょうつがいに注入したグリスが発火すること)か、アンチスキッド・システムの不具合化と思っていたら・・・。 飛行機全焼、死者が何人も出たとは・・・大事故でした。

 

 ずいぶん昔の話ですが、今回と全く同じケースの事故がありました。 全日空機、JA8147(だったと思います)B747SRが、沖縄・那覇で着陸時、自衛隊のMU2と接触した事故です。

 このときは「全日空機のパイロットの絶妙の回避操作」(当時の「航空情報」誌の記事)で、B4SRのNO.1エンジンが、MU2の背中をこすっただけで済みました。

 今回の事故の場合、A350のノーズギアが折れてしまっているところを見ると、まともにぶつかり、海保機を踏みつぶしたのでしょう。

 

 管制塔とシップとのやり取りのみが頼りの航空管制。 むかしの、あるいはローカル空港のように、他にシップがいないような、静かでのどかな空港ならそれでもいいのでしょうが、ひっきりなしに離発着を繰り返している国際空港では、なんだか心もとないのではないか、と思ってしまいます。 

 たとえば、ATCトランスポンダーなどのデータに出発許可データを乗せ、それを受信した機体側のディスプレイに青信号が表示される。 それで初めてR/Wに進入できる、青信号が表示されていないのに、スロットルレバーでエンジン出力を上げると/O WARNING"が作動するなど、いろんな防止策はあるように思います。

 

 海保機において、二人いるコクピットクルーの間での意思疎通はどうなっていたのでしょうか。 「T/Oスタンバイ」が指示されていて、それに対し「了解、スタンバイ」と復唱しておきながら、R/Wに進入し始めたら、副操縦士は「キャプテン、スタンバイですよ!」といって制止しなかったのでしょうか。

 沖縄でのB4とMU2の接触事故は、民間機と自衛隊機の間で起きた。 今回は民間機と海保機の間で起きた。

 自衛隊、海上保安庁、ともに労働者の団結権が許されない、武器を持つ、上意下達の強権的組織です。 事故原因と関係があるのかわかりませんが、なにか共通点があるように勘ぐってしまいます。

 

 私の義弟は、大学で土木工学を専攻し、ゼネコンにつとめて四十数年。 こいつに「なんでビルなど建築物をプラスティックで造らへんの? 軽くて丈夫、安上がりやで」と聞いたら、「火事ですわ。 火事が恐いんですわ」と。

 プラは燃える。 それも有害ガスを大量に発生しながら。 だから、逃げ遅れたら終わり。 そんなプラスティックは、主要な部材としては、危なくて使えないというのです。

 A350はB8と同じく、カーボンFRPが多用されているそうです。 TVで見ていても、機体が、メラメラとあっけなく焼け落ちてしまいました。

 「軽いから・強いから」といって、燃料を大量に搭載して、たくさんの人を乗せ、高速で空を飛ぶ飛行機の主たる材料として、プラスティックが適しているのか、再考が求められるのではないでしょうか。

 

 今回の事故の大きさに対し、旅客全員が助かったことに対し、乗員、とくに客室乗務員の対応のすばらしさが報じられています。 

 もし「オンナは安ければいい、若ければいい」という、かつての財界の女性蔑視路線で、経験の浅い客室乗務員ばかりだったら、もっと大変なことになっていた可能性は大きいでしょう。

 そういう点で、今回の事故で、旅客における人的被害を最小限に抑えたのは、財界の「カネと色気」主義を一程度押し返してきた、客室乗務員の声と運動、世の中のジェンダー平等を求める声と運動であったといえるのではないでしょうか。

 今年も、安心して旅ができる、平和でやさしく、暮らしやすい社会をめざして、声をあげていきましょう。

 

編集部より:記事内に、まだ事故調査が解明中のなかで、誤解を招く表現がありましたので一部削除して掲載しています。ご了承願います。尚、事故直後、航空安全推進連絡会議からだされた「緊急声明」を添付いたします、下記をクリックのうえご覧ください。

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大阪じじい報告=231231  もう決めたことだから

あわただしい年の瀬。地域のいろんな団体も、年内に片付けておかなければならない事を片付けてしまおうと、大忙し。「そんな・・・、年が明けてからでもエエやんけ」と思いながら、口には出せず、しぶしぶお手伝いしている私です。

 

 だけど、ちょっと息抜きを。「今日、ちょっと用事で」と言い訳して、ひとり活動から抜けて、歩きに行ってきました。淀川沿いへ。淀川は、近畿の3本の大きな川(桂川、宇治川、木津川)が、京都の南部・淀で合流し、大阪湾にそそぎます。

むかしはこの緩やかで大きな川を利用して、京都の都と商都・大坂とを結ぶ、人や物流の太い流れがあったそうです。だから「大阪弁」は、もともと京都伏見地方の言葉が、商売人型に変化したものだといいます。 

 

 今でも京都と大阪を結ぶ交通網は、JR、阪急、京阪、新幹線、名神高速、国道1号線、171号線、そして大昔の西国街道(狭くて自動車では通りにくいけれど、バイクではスイスイ。おまけになんとなく昔の風情があり、好きです)と、淀川に沿って何本も通っています。

 今回行ったのは淀川の河口近く。阪神電車の、その名も「淀川」駅で降り、河口に向かって歩くことにしました・・・が、・・・。 なんやねん! 川に近づけない! 高速道路・淀川右岸線建設のための大工事が進行中でした。

 

 淀川堤防の上はそんなに広くない道路になっています。歩けるのですが、歩道がない。そこに高速道路建設のためのダンプカーやコンクリートミキサー車がゴウゴウ走っている。私が歩いていると、それら大型工事車両がすれ違いできず、歩く私の後ろをダンプカーやミキサー車の車列がゆっくりついてきます。逃げるように堤防の下の住宅街におりました。

 

 淀川河口近くのゴミ最終処分場とコンテナ基地の人口島・夢洲に、万博を口実にしたバクチ場を建設する。そこへのアクセス性を向上させるため、いたるところで巨大工事が進行中の大阪。もちろん財源は税金だっせ。

 

 万博への参加国がほとんどない。開催までの期間が、これもほとんどない。万博協会が「大阪万博建設工事関係者の残業時間を、法の適用除外(無制限!)にしてくれまっか。そうせんと、間に合わんさかい! いや、もちろん特例でんがな」と厚労省に申請しているようです。ムチャクチャですわ。

 

淀川の河川敷は広々としていて、歩いたりするには最適だったんですが、今そこは、鉄骨とコンクリートと巨大建設重機、工事車両、排ガスの集積場。「関係者以外立ち入り禁止」・・。いかにも維新府政が好きそうな「ひろびろ? 気持ちエエ? そんなもん、カネになるか!」という発想の具現化を見るようでした。 

 

 結局、大阪の西淀区、此花区あたりの古い昭和な雰囲気の住宅街を歩いて帰ってきました。これはこれで楽しかったです。阪神難波線の駅に着いたら、ほどなく電車が到着。出発してすぐ「本日は、車両不具合による安全確認のため、列車到着が遅れましたことをお詫びいたします」のアナウンス。この電車が遅れていたのを知りませんでした。

 

 不具合が発生したため、列車を止めて、安全確認する、そのため列車が遅れる。整備で飛行機が遅れた時のことを思い出し「そら、たいへんやったね、ご苦労さん」と思いました。あわてることがない者の余裕ですかね。

 

 武田砂鉄というジャーナリストが「電車に乗っていたら床下から変な音がする、おかしな揺れかたをし出した、油が焦げるようなにおいがする、となって、乗客が緊急ボタンを押したが、運転手が『もう出発していますので、このまま走ります』といったらどうなるか。マイナンバーをめぐる具合があっちでもこっちでも発生していて、健康保険証の紐づけをキャンセルした人も多数いる。ちょっと立ち止まって見直すべき、という声を無視し『もう決めたことだから』といって止まらない。 電車なら大きな事故につながりかねない」といっていましたが、まさにその通りですね。

 

 道理が通らなくても、一度動きだしたら、力で押し通してしまう。「理屈やない、世の中、力や!」そんないかにも軍事力に頼るのが好きな行政の姿勢を見せつけられた2023年でした。 

 

 来年は力ではなく、道理が通る世の中にしたいですね。 

 よいお年を。

 

 

 

 

大阪じじい報告=231218  請願却下

しかしまあ、次から次へ・・。自民党、こいつらいったい何なんでしょう。 

労働者がまじめに働いても、取得するのに何年もかかるような額のカネを、資金集めパーティーとやらで一夜にして稼ぎ、そのかなりの部分を「裏金」としてどこかに隠していた。なにに使ったのか、しらばっくれて言わない。不明。

 

 それも一人だけならまだしも、元総理の故・安倍さん始め、自民党中枢の幹部が、軒並みですよ。 汚いカネにまつわる疑惑は、昔から自民党のお家芸ですが、しかしひどい話です。こんな、カネの亡者、ふざけた連中が、日本という飛行機の操縦をしているんです。いつ事故るかわからない。一刻も早く乗員を交代させねば、と思います。

 

 先日、大阪・豊中市の市議会の本会議があり、わが妻が婦人グループ数人で傍聴に行ったそうです。教職員や新婦人など市民が署名を集め、議会に提出した請願の採択が行われることになっていました。その様子の傍聴です。

 請願の内容は「子どもたちのための施策充実を求める」もので、保育内容の充実、少人数学級を市独自で早期に進める事、学校給食の内容充実、学童保育の充実などです。

 

 請願内容に賛成する立場から、共産党議員の発言がありました。反対する発言はなし。「では、採決に移ります」ー 賛成は共産党の4人、れいわの1人、無所属の1人。あとの30人近くは「反対!」。「請願は却下、不採択」・・・。

 

 ちょっと、これ・・・ひどくないっスか!?

 

 市民が署名も集め、議会に請願した。今年度「子育てナンバーワン」を目標に掲げた豊中市。請願の内容は、どれも子どもの成長にとって有益なものばかりです。市の目標に向けて、なんら問題はないでしょう。だから当然、本会議で、だれも反対意見を言えない。

 

 で、いきなり「反対、不採択」ですよ。反対した議員のみなさん。この春「みなさまの、お声を市政にとどける○○、○○、○○でございます! よろしくお願いいたします!」と宣伝カーで走り回って、市民に投票してもらって当選したみなさんです。市民に媚びへつらって当選したら、その舌の根も乾かぬうちに、市民の請願を、理由も言わず足蹴にする。 

 

 国政レベルも、市政レベルでも、なんなんですか、このひどさ! 

 本当に、早急に何とかせねば。

 

 

 

 

大阪じじい報告=231209  反戦の声

毎日映し出されるパレスチナ・ガザの映像に、胸が痛みます。イスラエルという国。数十年前、ユダヤ人であるがゆえの、自分たちが受けたジェノサイドを、今度は西側の大国を後ろ盾にして、自分たちが、世界中が見ている前で繰り広げている。こいつら、ナチスの蛮行から何を学んだのでしょう。

 

 昨日、阪急豊中駅前で「ガザへのジェノサイドを止めろ!」という緊急宣伝行動が、市民連合主催で取り組まれました。いろんな立場の人たちが、思い思いにマイクで訴えました。だけど、ビラの受け取りが悪い。夕暮れ時のせわしない時間だったからか、みんな足早に通り過ぎるだけ。 

 

 特に若い人。こちらがビラを配っていることはわかっているのでしょうが、まるでわれわれが見えないみたい。スマホに集中して、見向きもせず、足早に通り過ぎていきます。ビラの内容は「ガザへのジェノサイドを止めろ」ですから、高校生にも積極的に渡そうと努めたのですが、まったく取りません。若者には、もう「ビラを読んでちょうだい」はダメなのかもしれませんね。

 

 この夏から、地域の医療生協の取り組みの一環として「映画を見る会」を始めました。といっても、大したことをするわけではない。たまり場にある、あまり大きくもないテレビに、借りてきたDVDを上映するだけです。

 

 このDVD上映会で気づいたことです。

●「DVDレンタルショップが無くなっている」ということ。少し前まで、歩いて行ける範囲に3軒くらいあったはずなのに、今は無し。かなり遠くまで行かなければなりません。今は、わざわざDVDを借りなくても、ネットからダウンロードすればいいからでしょうね。あっという間に、視聴覚娯楽の方法が変わってしまったようです。 

 

●DVD上映会に来る人達は、年齢は80歳前後。この人たちにあう(と思われる)DVDをショップで探しますが、あまりない。チャラい最新版や少し前のものは豊富にあるが、大むかしのは非常に少ない。あっても「なつかしの昭和のテレビ番組」や、高倉健さんなど、“任侠もの”がほとんど。 

さすが黒澤明監督や山田洋次監督のものは少しあるが、今井正、山本薩男監督のものなど皆無。

 

●洋画では「ウェストサイド・ストーリー(リメイク版ではない)」や「ローマの休日」、「ひまわり」などがありますが、これがみんな字幕もの。2時間前後、小さなテレビの字幕を読み続けるのは、80歳の人にはちょっと厳しい。

 

 てなことで、今や高齢者を対象にしたリバイバル映画上映会は、なかなかしんどい状況です。高齢化社会なんだから、もっと高齢者向けのDVDがあってもよさそうなんですがね。

 

 ついでに映画にまつわる話を一つ。「マリリン・モンローについて」です。マリリン・モンローといば、セックスシンボルとか、ちょっとパーな美人というイメージでした。

 しかし彼女自身は、そんなイメージで売り出すのではなく、シェークスピアなどの深淵な劇に出演したかったそうです。マリリン・モンローの趣味は「読書」。撮影の合間に、撮影所の隅のイスに座り、近眼だったのでメガネをかけ読書している彼女をよく見かけたそうです。するとマネージャーが「マリリン、そういうことは止めなさい。君のイメージが崩れる」と注意したという。

 

 東西冷戦が激しくなり、ハリウッドには赤狩り旋風が吹き荒れ、多くの俳優や映画人が追放され、その後のベトナム戦争は泥沼化、映画界にも重苦しい雰囲気がたちこめていました。アメリカはベトナム戦争での戦局を有利に展開するため、原爆投下を計画します。これに対し世界中の市民が「核兵器を使うな! 使った国の首脳は犯罪者とせよ! 戦争やめろ!」という署名を通して、平和を求める声を集めに立ち上がりました。

 

 当然ハリウッドにも、この署名は持ちこまれましたが、そんな重苦しい雰囲気の下「自由な国(のはずの)アメリカ」ですら、俳優はなかなか自分の意見を表明できず、沈黙していました。みんながビビッて署名にしりごみしている時、「かしなさい。 私がします」とこの署名を真っ先にしたのが、マリリン・モンローだったのです。彼女は、平和と民主主義を、勇気を持って貫いたのです。

 

 ウクライナ、ガザと、ニュースを見るたび心が痛む、とんでもない事態が進行しています。一刻も早く、戦争を止めたい。そのためには「戦争やめろ!」の声を広げると同時に、「首相は、ボケ~ッと見てないで、止めてこい!」という世論を高めなければならないでしょう。

 

 

 

 

大阪じじい報告=231127  記載忘れただけ?

本格的に寒くなってきました。近畿地方でも雪が降ったところもあるようです。秋から冬へ。寒くてつらい季節ですが、なぜか寒くなるとうれしくなるのですよ、私。

 

 自民党のパーティー収入の記載漏れが発覚したようですね。ホントにもう、こいつら・・・。何年もの間、政治資金集めのパーティーの収入に関して、記載漏れという違法行為がなされていた。それも主要派閥が軒並み。これ、ただただ偶然のことでしょうか。 

 この件が表ざたになったとたん「あっ、記載するの忘れてました。はい、書きましたよ。これでいいんでしょ」で終わり。いいのか?

 

 現役時代、ジャニー・ログへのサインを2回ほど忘れました。管理職に「申し訳ありません、やってしまいました・・・」と報告。早出勤務終了後、夕方の便で羽田から伊丹に行き、伊丹でサインを忘れた当該機の到着を待ち、到着後ジャニー・ログへササッとサインし、最終便でまた羽田に帰る。羽田では管理職が待っていて、しばし事情聴取。翌日は所属長と、後日、センター長や品証部長など、あまりお顔を拝見出来ない方たちとの面談、とまあコッテリあぶらを搾られるわけです。面談のたび「アッシが悪うございました・・・」とひれ伏しました。

 

 「ジャニー・ログへの確認サインがない、というのは、この飛行機は、航空法で定める品質が保証されているかどうかわからないということです。大きな問題です。航空法違反です。うっかり忘れたでは済まないのです」と、しつこく説教されます。

 

 ミスしたのはこちらですから、立場は弱い。ペコペコ頭を下げ「すんまへん、すんまへん」と恐縮したものです(ハラがたつのは、エラっそうに、そこまでしてサイン漏れを厳しく追及した連中が、メーカーののたまう安全神話をたてに「ボーイングやエアバスが、そんな毎便毎便点検しなくても大丈夫っスよ、と言ってるから、飛行間での整備士の点検はいらなくなりました。だから飛行間点検なんて無し」としてしまったこと。あのエラそうに私に説教した「航空法で定める品質へのこだわり」は何処へいった!)。

 

 国会中継を見ていたら、岸田さんを始め、派閥の領袖は、言い訳をくどくどと述べ、秘書や事務方の不手際が原因であったかのように言います。

 

 もし面接で自民党みたいに「シップが到着後、客室内における不具合、燃料オーダーの変更、貨物室内の不具合等々が重なり、通常の飛行間点検とあわせ、不具合対応も実施しておりますうち、出発時刻が迫り、ログサインのことを失念いたしておったことは大変遺憾に思う次第でございます。 なお、その後当該機は問題なく飛行いたしましたし、ログサインにつきましても後日、実施いたしました。今後、再発防止の観点から、関係各位と連携のうえ、対応を図って、気を引き締め、業務に邁進いたしたいと思う次第でございます」などといったらどうなりますかね。

 

 次から次に起こる政治とカネの汚職と疑惑。それに対し「政治にはカネがかかる」という理由で、国民の税金を、共産党以外で山分け・ぶんどり合戦をする政党助成金なる制度を作り、それでも足りないからといって、さらにカネ集めパーティーを開き、一晩で億というカネを稼ぎ、そのパーティー収入も実態を隠す。

 

 自民党。もうムチャクチャな金権団体です。こわいのは、こんなヤカラが、政治分野で日本で一番の人気者だという事。国民に実態が知らされていないからでしょうし、実態を見極めた側にも「ああ、あいつらのやりそうなことだ」という、どこかシラケた冷めた目があるように思います。 

 

 もっと熱く怒らなくては、と思います。

 

 

 

 

大阪じじい報告=231114  技術の進歩をみんなで

つい一週間ほど前まで「夏日」だったのに、いきなり寒くなってしまいました。紅葉が一気に進み、モミジの名所・箕面の道は大渋滞しそうです。

 

 この天候の急変直前、夜中に激しい雷雨がありました。「今朝、箕面の○○で、落雷で電柱の電線が切れて垂れ下がってて、関電の緊急車両が治しとったわ」とおばちゃんたちが話していました。

真夜中の雷の大暴れ、ものすごい稲光と雷鳴。あれは「電気」の放電現象だと分かっている現代人でも不気味ですから、むかしの人は、さぞ怖かったでしょうね。

 

 ところで雷をおこす電気。「電気」という言葉は、いつごろから使われだしたのでしょう。「電」という漢字は「雨」と「竜」が合わさったものだそうです。激しい雨の中を、竜が天に昇る様子、つまり稲妻を意味するという。ということは「電気」という言葉をつくった人は、稲妻が電気であるということを知っていたという事ですね。 

 

 英語で電気のことを「electric(エレクトリック)」といいます。「エレクトリック」という言葉は、もともとはギリシャ語の「エーレクトロン」からきていて、それは「琥珀(こはく)」のことだそうです。松脂など、樹脂が化石化して出来た美しい塊です。むかしから宝石などと共に、装飾品に使われてきました。

 

 毎朝、琥珀で出来たブローチやネックレスなどを「ハ~ッ」と息を吹きかけ、布や毛皮でていねいに磨く。深い琥珀色のその塊の中をのぞくと、小宇宙のような半透明の世界が広がっています・・・知らんけど。ところがいつも、磨き終わると琥珀が髪の毛を吸い寄せます。また、せっかく磨いたのに、すぐ部屋のホコリを吸いつけます。「ホントにもう!」と怒る、かどうか知らんけど・・。 

で、この琥珀の不思議な現象を起こす原因をエレクトリックと呼んだみたいです。

 

 ジョン万次郎という土佐の漁師が幕末、シケで船が流され無人島に漂着。その後、アメリカの漁船に助けられ、いったんアメリカ本土に連れられて行きます。若い彼は、アメリカ滞在の間に英語を習得します。なかなか賢い青年だったようです。そして日本へ帰国後、アメリカ社会の様子を日本に紹介します。「船は人の力も風もなしに進む。船底に大きな釜を焚き、湯を沸かし、その力で進むなり」「鉄の馬が、あまたの人を乗せ、矢のごとく駆け抜ける(蒸気機関車)」「大名(大統領や知事)は世襲ではなく、人格高潔なる人物を皆で選ぶ(選挙制度)」などを紹介しています。なかなか的を得た理解です。

 

 しかし彼も「電話」だけは理解できなかったようで「筒(電線)の中を話声が伝わっていくと思われる・・・知らんけど」といってます。V÷R=Iだとかω=2πfだとか、そういう計算式は覚えても、電気というものは概念的に捉えるのは非常に難しいものです。「だから、結局『電気』ってなんやねん!?」です。

 

 電気現象を起こす張本人は「電子」です。きわめて小さな電気のかたまり。よく原子核の周りをグルグル回っている図が描かれますが、あんなふうになっているかどうかわからないのです。なにしろ小さすぎて見えないのですから。だいたい見えるような色や形があるかどうかわからない。波としての性質もあるから「あれはただのエネルギー波動だ」とも考えられる。ただいろんな物理現象を考えるうえで便利だから原子核の周りをまわる小粒、と仮定しているだけです。 

 

  電気を利用する技術は、日夜進歩。電化技術から、エレクトロニクス技術へ。そして近年はデジタル技術です。この先も発展し続けるでしょう。 

 だけど、これらの技術を手中におさめ、使いまわしているのはカネや権力を持っている連中です。 そいつらが「デジタル化だ、IT化だ、AIだ」とぶち上げ、それを利用して殺人兵器を作り、職場から人間を追い出し、公共施設をつぶし、高齢者や障がい者、低所得者を置いてけぼりにしている一方で巨万の富を得ている。技術の進歩が人を傷つけ、不公平、不平等をより深くしています。

 

 今必要なのは、技術の進歩より、技術の成果を、みんなが享受できる社会をつくること、だと思います。

 

 

 

 

大阪じじい報告=231106  大阪のイメージ

デイケア利用者送迎車の運転手をして8年弱。箕面の街については、住んでいる豊中より詳しくなりました。運転していて、”大阪”について感じたことがいくつかあります。

 

 送迎車は、住宅街の中、奥の奥まで入っていきます。自治体や大手不動産などによって、大規模に新しく開発された新興住宅などを除き、小さな不動産屋が手掛ける、これまであった古い家を1軒つぶして新しい戸建て住宅を数軒建てるような場合、道はそのままですから、とっても狭い。ところがこの北摂地域はほとんどがそれ。おまけに丘陵地帯で坂道ばかり。だからとにかく道は曲がりくねり狭い。車のすれ違いが大変です。

 

 向こうから対向車が来たら、ちょっと広いスペースがあるところで待機します。対向車が通過します。が・・・。 ほとんどの車は「ありがとう」のあいさつをしません。まるでこちらの存在が見えないかのように、サーッと通過していきます。相手はこちらを見る事もしません。 

 

 今から10年ほど前まで住んでいた横浜では、ほとんどの対向車は、道を譲ってくれたことに対し、なんらかの「ありがとう」の意思表示をしたものです。関東で育った息子たちは、この対向車の態度に「なに、あれ!?」とあきれていました。人の好意に無反応なのです。大きな道路のところどころ「押しボタン式信号」があります。学校や病院前に多いようです。

 

 横浜では、学校で先生に言われているのでしょう。子どもたちはきちんとボタンを押して道路を渡っていましたが、大人は左右を見て「今だ!」と走って渡る人が多かった。福岡では、ボタンを押して渡る人など見かけなかった。

 

 ところが、この大阪・北摂地域では、ほぼすべての人が押しボタンを押して渡る。大阪大学が近くにありますが、ここの学生もボタンを押して、信号が変わるまで待っています。大変お行儀がよろしい。

 

 「大阪」のイメージというのは、どちらかというと「まあ、カタイこと言わんでもええやんか」という、柔らかく、エエカゲンな、それでいて相手の様子をしっかり見て、相手をたてながら、自分が得をすることを考える、いわゆる商売人根性の街でした。しかし現代の、こと道路事情に関しては「他人とは関わらない」「規則は厳しく守る」という「硬く冷たい」街になっているようです。現在の大阪は、昔から言われるイメージと大きくかけ離れた実態にあるように思います。

 

知事がテレビに出て「イソジンでうがいしたらコロナは予防出来まっせ」といって注目を浴びる。

知事がテレビに出て「コロナに打ち勝つ『大阪ワクチン』作りまっせ」といって注目を浴びる。

知事がテレビに出て「コロナ対応の臨時病床を1000床作りまっせ」といって注目を浴びる。

全部、ウソ、失敗でした。

 

 これに対して、なんの検証も反省も大阪府はしていない。言われるままダラダラ報道したマスコミも、恥ずかしくないのか、これまた検証も反省もなし。こんな吉村・維新に対し大阪府民はどう見ているのか。

共同通信(だったかな?)が昨年とったアンケートで

・「庶民感情を理解している政党」ー 1位維新、2位共産党。

・「庶民のための政策を掲げている政党」ー 1位維新、2位自民・・・。

 

 テレビによく出て、口先だけでかっこいいことを根拠もなくペラペラしゃべって、イメージ作りしている。そんな詐欺師みたいなやつらが府政を牛耳って10年以上。大阪の街は「硬くて冷たい」ものになっている。イメージと実態の乖離を検証すべきマスコミは、ほとんどそんなことしない。

 

 イメージに惑わされず、街中で起こっている小さな現象を見逃さず、実態を暴露していくのは、結局われわれしかいないのでしょうね。

ホント、疲れますね。

 

 

 

 

 大阪じじい報告=231021  学校統廃合

やっと秋らしくなってきました。日の暮れが早まり、デイケア送迎車の2便目が出発する夕方5時前後、あたりはすこし薄暗くなってきました。 

 

 そんな中、学童保育の子どもたちが帰っていきます。ヤツラは元気です。歩きながらランドセルをぶつけ合い、ふざけ合っている連中、田んぼの中に何かおもしろいものを見つけたのか、何人かでのぞきこんでいる姿もあるし、楽しくおしゃべりしている子ら、何か真剣に話している子たちもいます。独りトボトボ帰る子もいます。みんな、見守り隊のオジイさんに話しかけたり、バイバイしたりしています。 

 

 うるさい親の目も先生の目もとどかない、自分たちだけの時間。子どもたちにとって、きっと貴重な時間なのでしょう。先日、小学校の元教員のIさんの話を聞きました。 Iさんは大阪最北端の能勢町にお住まいです。県境という土地柄、大阪でも数少ない自然豊かな町です。 

 

▶▶▶▶▶

 ウチの息子が小学校の時、この時季、ポケットの中にクリをいっぱい突っ込んで帰ってきた。ズボンから上着まで、ポケットというポケットに、はち切れるくらい突っ込んで。またある日は、ヘビの脱殻を持って帰ったこともある。とにかく毎日、いろんなものを持って帰ってきよった。そうやって、子どもらは学校の行き帰り、道草しながら自然の中で、旺盛な好奇心を満たしながら学校に通ってた。 

 だからか当時、能勢の子どもの基礎体力は全国でもトップクラスだった。ところがどうや。今、能勢の子らの基礎体力は、大阪府の平均値以下ですよ。今ね、能勢には小学校と中学校を一体化した「義務教育学校(9年制)」1校だけ。能勢全体を10台の送迎バスで子どもらを集めてまわりよるんです。 

 当然、クリも、道草も、ヘビの脱殻も見えない。好きな時間に帰ってから友だちと遊ぶこともできない。ウチの息子は今、北海道で獣医をしてます。あれはやっぱり自然の中で育ったからやと思います。学校の行き帰りの時間いうのは、子どもにとって、やっぱり大事な時間やと思うんです。学校の統廃合では子どもが犠牲になると思う。 

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 今、全国の小中学校で、大規模な学校の統廃合が行われています。わが豊中市でも、小学校6校、中学校3校を統合して二つの小中一貫校をつくっています。今後は全市的にすすめていくようです。

 

 政府がすすめる「公共施設等総合管理計画」なるもの、早い話が、公共施設を20%以上減らせというあれ。「ただぶっ壊すだけでは住民の反発を招くだろうから、大きいヤツを壊して、小ぎれいな小さいハコモノをつくれ。そうしたらカネをやるゾ」という。公共施設でもっとも多いのが学校だそうで、だからこれを全国の自治体が統廃合(実質的には学校つぶしです)をすすめる。そこには子どもの成長だの、地域のコミュニティだのという視点は無い。カネが目的です。

 

 都道府県別に見て、実数で最も統廃合がすすんでいるのは北海道、2番目は東京都だそうです。 ただ、北海道と東京の統廃合の性格は異なります。北海道では、統廃合して出来た学校の生徒数が「6人」なんてのもあるそうで、要するに、里に本当に子どもがいなくなって、統廃合せざるを得なくなったケースが非常に多いのですが、東京の場合はそんなことなし。ズバリ「おカネを浮かす」です。 

 

 東京ではないが、そのお隣のさいたま市では統廃合して児童数3600人の、超巨大マンモス校ができているそうです。大阪では、これまで14の公立高校が廃止に追い込まれ、これにより大阪府の公立高校の定員枠は6000人減っているそうです。これじゃあ若い人は大阪から出ていくだろうし、人口減少は止まらないでしょうに・・。 

 

 日本の未来をしょって立つ子どもたちの、人間としての成長を保障するより、当面のカネを浮かせることを優先する政治。こういう発想・政治をするやつらは、子どものとき、友だちとふざけ合ったり、自然の中で、クリを必死で集めてまわったり、ヘビの脱殻を見つけたりして遊んだことがなかったんじゃないかなあ。

 

 

 

 

大阪じじい報告=231013  これも宗教儀式

ついこの間まで猛暑日と熱帯夜が続いていたのに、10月の声を聞いたとたん涼しくなりましたね。秋本番, やれやれ。

 

 箕面の路地のあちこちには、秋祭りを告げるのぼりがはためいています。住宅街に埋もれ、日ごろは子どもたちの遊び場くらいにしか見てもらっていない神社が、新しいしめ飾りやのぼりを立て、この時ばかりは誇らしげです。「秋祭り・のぼり」。稲刈りが終わった田んぼや、古い家並みが続く箕面の旧街道に、本当によく似合います。

 

 今年の豊作を神に感謝し、来年も豊作であることを神に祈念する秋祭り。ずっと昔から続いてきた儀式なんでしょう。しかし今はもう、畑も田んぼも、いや農業自体が絶滅寸前の状態です。かつての農道は舗装され、田んぼも池も埋めたてられ、住宅や店舗が林立、車があふれている。「10月○○日午後1時より4時まで、府道・桜井―牧落間、山車運行のため通行止め。迂回願います」などの看板があちらこちらに。デイサービス送迎車にとって、困るなあ・・・。

 

 こんな時代、人々は神に何を感謝し、神に何を乞うのでしょう。最近は、神社の秋祭りだけでなく、ハロウィンの飾りつけ(カボチャのオバケ)をしている家もよく見かけます。スーパーに買い物に行けば「クリスマスケーキ、予約受付中」のポスター。もう年末か・・。早いの~。

 

 秋祭りも、ハロウィンも、クリスマスも、みんな宗教儀式です。そういえば、お盆も正月もそうです。「日本人は宗教にうとい」とよく言われるそうですが、なんのなんの。日本古来の信仰を始め、仏教、キリスト教、古代ヨーロッパの宗教など、年がら年中、宗教儀式です。

 

昔むかし、さまざまな自然現象がまだ解明されていない時代、人々は、その圧倒的な自然の力の根源を、なにか人知の及ばない偉大なもの、”神”の存在に求めたのでしょう。またその神に、人間社会の生きづらさ、理不尽さに対する癒し・救済も求めたのでしょう。

 

 19世紀ドイツの唯物論哲学者・フォイエルバッハは「神とは、人間自身の本質である」といったそうです。どういうこっちゃ、というと「個々の人間というのは、それぞれ欠点だらけである。癒し・救済を求めようにも頼りない。そこで、『理想的人間』『完璧な人間』を、自らの外に創って崇めるようになったのだ」「だから『神が人間をつくった』のではなく『人間が神をつくったのだ」と。つまり「神」とは「理想的な人間なんだよ。神が素晴らしいのは、そうあるべき、そうありたいと願う人間の心が素晴らしいからだ」。 

 

 豊かな自然を作り、豊作をもたらし、生きとし生けるものすべてに分け隔てなく、慈愛に満ちて、公正で、公平で、努力する人に力を与え、困った人を助け、悪いやつを懲らしめる。「それが人間の本質なのだ」とフォイエルバッハ。

 

 人間ってすばらしいものなんですね。だから ー 宗教を語りながら、困っている人を助けるどころか、困っている人につけこんで、脅してカネを巻き上げる。その結果、破産、家庭崩壊で多くの不幸を作り出すような団体。政権党と癒着し、選挙のたびに反共謀略の策動を行い、多くの人の恨みを買い、あげくの果て、信者の家族に政権党の最重要人物が射殺されるような事件を起こす団体。

 

 こんな団体が宗教といえるのか? いえるわけない! 統一協会に解散命令が出るそうですね。当然ですよ。フォイエルバッハさんが言うように「人間の本質」を追求する姿勢がなければ宗教の名を語る資格はないでしょう。

 

 俗人の私がエラそうに、宗教を語るのもなんですがね。

 

 

 

 

大阪じじい報告=230929  上げるべきものは

もうすぐ10月。虫の音、中秋の名月、秋も深まってきました・・・と、なるはずなのに、なんですかこの暑さ! さすが猛暑日はなくなったけれど、連日真夏日。おとといも熱帯夜。外は黒雲、カミナリ、いきなりの大雨、メッチャ蒸し暑い。梅雨末期の状態です。 

 

 毎年、お彼岸になると、いきなりピヨ~ンと咲きだす彼岸花。今年のお彼岸には、ほとんど咲いていなかったのですが、今ごろあちこちで咲き始めています。あまりにも、いつまでも暑いので、ヤツラも「お彼岸はまだみたい」と思っていたのでしょう。 

 

 自然のサイクルが狂ってきています。

 

 気温は毎年確実に上がっているように思います。「『温暖化』なんていうが、大昔から、地球は温暖化と寒冷化を、周期的に繰り返してきたんだ。なにをそんなにギャーギャー騒ぐんだ」と、ANA時代に職場の人が言ってました。ちょっと違和感を覚えたけれど「まあ、それもそうやなあ・・」なんて思ってました。

 

 確かに地球は、温暖化と寒冷化を、太古の昔より繰り返してきています。しかしその周期とレベルが「危険」な状態であることが問題なんです。自然による温暖化、寒冷化周期の1/10000のペースで、数十万年分に匹敵する高温化がすすみ、生物の環境適応能力がついていけず、生態系が崩れ、最悪の場合、人間を含む生命が絶滅してしまう可能性もある、ということ。 

 

 地球上には様々な生き物や物質が、それぞれ微妙に支え合い、うまくバランスをとって「やさしい環境」をつくっている。それが「今さえ良ければ、オレさえ良ければ、カネさえもうかれば」主義で崩されようとしている。新型コロナもそんな中で出てきたように思います。 

 

 絶対に止めなければ。

 

 上がるのは、気温だけではありません。物価上昇もひどい。政府は「4%の物価上昇」などと言ってますが、うそやろ~! 生活実感からしたら20%くらいですよ。職場のヘルパーの人たちも「晩ご飯、メニューなんか決めて買物行きませんよ。買物行って、安いもん見てメニュー決めやんと」「魚なんか、高こうて、貯金卸してこんと買えませんわ」と嘆きます。

 

 そんななか上がらないのが賃金です。私の時給も、入職以来8年間、一銭も上がっていない。年金も上がらない。上がらないどころか切り下げの連続。今年、ほんの少し(年間で2600円ほど)上がったけれど、激しい物価上昇には焼け石に水。

 

 年金制度改悪に対し、ヨーロッパなどでは強い抗議行動が起こったいるようです。フランスでは、年金の支給開始年齢を62歳→64歳にする案に対し、デモやストライキがたたかわれています。

 

「われわれを、より長く働かせ、その成果を資本家が吸い上げようというのだ」「年金はわれわれのもの。政府が勝手に扱いを決めるな」「労働だけが人生でない。自分の時間も大切にしなければ」「人生をより豊かにするため、今が頑張りどき」など、デモに参加した人たちの声が「赤旗」に掲載されていました。 

 

 すごいなあと思うのは、インタビューをうけたら、すぐ自分の声をこういうふうにまとめられること。私なんか「エッ!?、いや、あの、まあ、組合が動員かけてて・・、ほんで、今日仕事休みやったから・・」程度しか言えん・・。情けない。それともうひとつ、すごいなあと思ったのは、若い人たちが前面に立って頑張っていること。上記のインタビューの声も、みな現役世代の声。 

 

 日本のように「現役世代が、高い年金保険料を払って、楽してヒマをもてあましている年寄りを養っている」という発想はありません。いや、現役世代と年寄りを分断し、対立させるような発想をしている国は日本だけのようです。このへんは、日本は、政府やそのバックにいる財界の宣伝が、巧妙で徹底しているのでしょう。

  

 上げてはならないもの、上げるべきものを、しっかり見極め、老いも若きも力をあわせて、とにかくもうちょっと住みよい世の中にしていきたいですね。 

 

 

 

大阪じじい報告=230920  「プラン75」の世界なんて

今年は世界的に「狂った夏」だったようです。

 

 平均気温は観測史上最高。山火事が多発。それも街が丸ごと消失するような大規模なもの。北欧で最高気温40℃近くを観測したり、私が子どもの頃、社会科の授業でステップ気候=半砂漠とならったパキスタンが洪水で、1/3水没したり。

 

 20世紀末、「ノストラダモスの大予言」とかなんとかで、ちょっと騒ぎになったけれど、今、本当に「アンゴルモアの大王が地上に降りたって」人類を滅亡に追いやろうとしているよう。いや、アンゴルモアの大王を、あの世から引きずりおろしてきたのは、ほかならぬ先進国による資本主義的経済活動ですね。 

 

 本当に、急いで対策をせねばと、9月も下旬にさしかかろうというのに、猛暑日&熱帯夜続きの中で思っています。

 

老健のデイケア利用者の送迎車の運転手をやって、早7年半。高齢化社会の課題がよく見えました。人間、歳をとれば、性能が低下するのは仕方ない。物忘れや難聴、視力の低下はもちろん、身体のすべての面で劣化してきます。そこへもってきて様々な病気がかぶさってくる。独りで生活できなくなってくる。老夫婦で支え合っても、ともに似たような状態だから、支えるにも限度がある。 だから「社会全体で高齢者を支えよう」というシステムができ、その一端を、老健は担っています。

 

 私など、たかがデイケア利用者の送迎だけですが、それでも感じ取れる場面は多々あります。とくに朝のお迎え。思うのは「高齢化社会などと言うが、社会はそうなっていない」ということ。とにかくあわただしい。現役世代中心の社会。みんな急いでいる。ただ急いでいるだけならまだしも、みんなイラついている。 

 

 利用者のお宅の前に到着し、利用者を乗せるべく停車する。乗り降りにものすごく時間がかかる。 道が狭ければ、その間しばし通行止めになる。そうすると、そこを通ろうとする他の車が「ビビ~ッ!!!」とクラクションを鳴らしたり、「どかんかい!」「邪魔じゃ!ボケッ!」などと怒鳴ったり、後ほど事務所にクレームの電話を入れたりする人が結構います。こういうことをなさる方は、まず間違いなく男性ですけどね。 

 

 そういう時、運転手の私は、利用者さんがまだ家の門から出たけれど、車まで到着していない場合、車を移動させ、怒っている運転手に「ド~モ、すんまへん」とペコペコ頭を下げます。怒鳴り車をやり過ごした後、改めて利用者宅の門前に車を停め直します。「ホンマに、2,3分待ってくれてもええのに」「自分だって、年取って、人の世話にならんといかんやろうに」「あ~いうオッサンと夫婦になりとないな」などと、添乗のヘルパーさん。たかが、23分が待てない世の中なんでしょうね。

 

 運転手のBさんがこんなことを言いました。「認知がすすんで、自分がわからなくなって、まして動けなくなったような人は、安楽死を選択できるようにするのも一つじゃないですかね」と。

 

 成田ユウスケなる30代の経済学者が「高齢化社会の課題解決のため、年寄りは、集団自決せよ」といろんなところで発言したら「炎上」どころか「いいね」が数百万おされたという。「プラン75」という映画があります。日本の近未来。75歳になったら、生き残るか、安楽死を選ぶか、という選択をしなければならない社会です。 

 

運転手Bさんの考え、成田ユウスケの考え、「プラン75」の描く社会。「高齢者=役立たずのお荷物。役立たずは死ね」。こんな発想が、批判されるどころか、堂々とまかり通る日本の社会。高齢者が送迎車に乗り降りする、ほんの23分が待てないのも当然ですね。

 

 しかし。最近はジェンダー・バイアス解消に向けた女性の積極的な運動により、まだまだ不十分とはいえ、あまりあからさまな女性差別は影をひそめたように思います。高齢者も、邪魔者扱いされっぱなしではなく、もっと声をあげていくべきでしょう。高齢化の進展で、仲間の輪が広がる一方なんですから。 

 

 

 

 

大阪じじい報告=230831  プチ旅で見たもの

 8月も終わり。暦の上では、夏も終わろうとしています。

が暑いですね・・・。

 

 お盆も過ぎて、夏のバカンスシーズンも終わろうかという時期、プチ旅に行ってきました。中部国際空港(セントレア)まで、愛車の軽4で。

 

 ANA現役時代、仕事で、あるいは遊びで、大館能代や八丈島、但馬、対馬、下地など、マイナーな空港には行ったのですが、セントレアには行ったことがなかったので、一度行ってみようと思ったんです。大阪から名神高速道路に乗ります。 

 

 私は高速道路はあまり好きじゃない。とにかく移動するだけの道ですから。特に、東名や名神など、ほぼ全体が防音壁でおおわれ、周りの景色が見えない。延々、壁と路面を見つめているだけ。 あれは嫌いだ。だから、渋滞がひどい京都市内、大津市内を過ぎた栗東(りっとう)で一般道におりました。

 

 この辺りまで来ると、一面近江米の産地、広い広い田んぼの中のまっすぐな道を走る。左手にはびわ湖、はるか前方に伊吹山が見渡せる。この時季、車の窓を全開にすると、稲の香り(知ってます? ご飯が炊きあがる直前の、おいしそうなにおい)が爽やかな風と共に車内に吹き込んできました…昔はね。ところが、どーですか・・!

 

 田んぼ、んなもの無し。道路は大渋滞。高層マンション群とショッピングモール。自動車販売店、ラーメン屋、コンビニ、流通センター。びわ湖なんて見えない。伊吹山も見えない。焼け付くような暑さの中、稲の香りではなく排ガスの香り・・・。ほんの20kmほど走るのに2時間近く要して、高速道路に逃げ込みました。 

 

 滋賀から岐阜を経て名古屋高速道路へ。名古屋という街も、きちんと訪れたことがないので、高速道路からの眺めを少しは期待していたんですが・・・、アカン。この道もほぼ全面防音壁道路。 なんにも見えない。阪神高速を走ってます、と言われたら、そう思い込んでしまえそう。まったく街の個性が見えない道路です。

 

 知多半島は大昔、それこそ半世紀近く前に訪れたことがあります。比較的平坦な地形、田畑が広がる、のどかな景色の向こうに海がきらめいていました…昔はね。今は完全な工業地帯です。道路は大型トラックにタンクローリーなどがあふれ、大渋滞。田畑はところどころ残っているが、草ボーボー。「もうやる気なし」みたいで悲しくなりそう。

 

 東海市の名鉄・太田川駅前に車を置いて、電車でセントレアへ行きました。鉄道ファンの私、名鉄に乗ることも目的の一つだったんです。セントレアも関空とよく似た構造の空港ですね。同じような海上空港ですから。だけど「な~んや、関空とおんなしやんケ」。中部地方の空港としての個性がない。おもしろくない。30分ほどでサッサと引き揚げました。

 

 旅に出ていつも思う事、そして今回の旅でも思ったのは、きれいな自然が壊されていくということ。SDGsと口では言うが「グリーンウォッシュ」、実態はひどいものです。そしてそれは、ただただ高速道路をひた走っていても、なかなか見えない。また、空港でも高速道路でも、ああいった巨大開発は、国が発注し、東京に本社のある大手ゼネコンが手掛けます。だから、全国どこでも同じような顔になる。その土地の特徴がない。

 

 金もうけをもくろむ大手ゼネコンが与党に献金し、与党が政府を通じて大手ゼネコンに日本中の自然をぶっ壊し、全国一律、画一化された巨大施設を建設させる。どれだけ自然が壊されたか見えないように防音壁で隠してしまう。

 

 国民は何も見えない中をとにかく目的地だけをめざしばく進する。サービスエリアで休憩中は、景色など見ずスマホを見ている。旅に出るとガッカリすること、怒りを覚えることが多い。けど、やめられないです。自由な気分で、日本のいろんな面が見られますから。

 

 

   

 

 

大阪じじい報告=230817  うらめしや~

 暑いですね。一年中で、一番暑い時期だから暑いのは当然ですが・・。

私は最近、昼間の猛暑というのは慣れてきました。暑いけどガマンできる。しかし夜中も暑い「最低気温29℃」なんていうのはアキマセンですね。

まあ、この暑さも、もう少し(・・かな)の辛抱。

 

 8月は広島・長崎の原爆忌、終戦(敗戦)記念日、お盆、JAL123便事故と、「生と死」「命」にかかわる話題が多い月ですね。同時に「幽霊」「怪談」など、お化け話もよく語られる時季でもあります。私は、恐がりのくせに、怪談が大好き、特に日本のものが好きです。

 

 西洋の怪談の多くは、ドラキュラやローレライ伝説など、妖怪や悪魔、精霊が人間を襲ったり取りついたりするという、まあ「怪獣」とあまり変わらない性格のようです。それに対して、日本の怪談は、四谷怪談にしても、播州皿屋敷にしても、個人的恨みが絡んだものが多い。だから日本の幽霊は「うらめしや~」と、その心境を語るのです。

 

 不当に虐げられたあげくの死。成仏できず、加害者にとりつく。一方、加害者側にも、多少の良心の呵責があるのでしょう。だから他人には見えない幽霊が、恨みをこめて加害者の眼前にだけ現れるのです。

 日本の幽霊のほとんどが女性。人権など保障されていない、社会的にも虐げられた女性が恨みを持って死んでいった結果の「うらめしや~」なのです。昔の女性の社会的地位の低さは、西洋でも同じでしょうが、日本は特に低かったのでしょう。

 

 落語家(だれだったか忘れました)が語っていました。

「むかしはクーラーもない。家の中におっても暑いだけや。そやからみんな、夜は寄席に行って、コワ~い話を聞いてゾ~ッとしまんね。寄席がおひらきになって外に出まっしゃろ。真っ暗ですわ。 なんぼ都会の大阪や江戸の街言うたかて、街灯もない。せいぜい足元をボヤ~ッと照らす提灯でっさ。月夜の下、森や林、家のシルエットが黒々とうかび上がっとる。その角の向こうに、なんや得体の知れんもんが・・・、と思うとまたゾ~ッとしまんねん。そうやってむかしは、夏は怪談話が大うけやったんですわ。 

ところが今はどないだ。寄席から出ても、外は街灯で明るい。車もブイブイ走っとる。人もいっぱい歩いとる。森はもちろん、むかし古井戸やったとこは、埋められて駐車場になっとる。コワイこともなんともあらへん。お化けより、車の方がコワイ・・」と。ホンマにそうでんな。

 

 事故、戦争や飢餓で、毎日たくさんの人が命を落としています。それこそ恨みを募らせ、この世に未練を残し、成仏できず、その辺をさまよう霊がたくさんいるのかもしれません。

 しかし、夜中でもこうこうと灯りが点いて騒がしい現代。ほのかな霊光と、ささやくような「うらめしや~」など、かき消されてしまいます。

 

   幽霊にとって、住みづらい世の中ですね。

 

 

 

大阪じじい報告=230801  セミが夜勤?

メッチャ暑いですね・・。 先週、ここ大阪・豊中市でも39,5℃、大阪府最東部の枚方市で39,8℃を記録したそうです。むかしは、暑いといっても33℃前後でしたから、異常な暑さですね。 

 

 今、世界中で「平均気温の上昇を1,5℃以下に抑えよう」といわれています。だけど大阪は、現在すでに2℃上昇しているそうです。おそらく日本の主要な都市部は、大阪と同じように、世界の平均気温より大きく温暖化がすすんでしまっているんでしょう。 

 

 日中、渋滞の街中をバイクで走っていると痛いような暑さ。「温暖化」とか「気候変動」などではなく、国連のグテレスさんの言う「地球沸騰」という表現そのものです。

 以前にも報告しましたが、西日本の夏は、クマゼミの大合唱に包まれます。空間全体がワンワン鳴り響いているような感じ。緑が乏しい、住宅がビッシリ建てこんだ街、いったいどこで繁殖しているのかと思う豊中みたいなところでも、わずかに残された土の中で命を育み、立派な大人になったセミが、街路樹で元気になきわめいています。

 

 ただ、最近気づいたのです。セミが鳴く時間帯が、ちょっとおかしいのではないか、と。

セミは日中鳴くものだそうです。朝から夕方まで。ところが、我が家の近所のセミは、夜中も鳴き通し。お昼は静か。夜勤をしてるのでしょうか。

 

 これについて、ある新聞記事がありました。

セミの鳴く時間帯が変わってきているのは、全国的な都市部での傾向らしいです。セミは光がある時間に鳴く。ところが、都市部は街灯や建物の照明で、夜中も明るい。その明るさにセミが反応し、夜中も鳴き通すという。また、あまりにも暑いと、セミもバテるのか、鳴かなくなるそうです。 

 

 連日の猛暑日。彼らも「アッツゥ~!! ヤッテラレンナア・・!」ということみたいです。

結果、昼夜逆転、セミの生活パターン。人間のせいで、セミの生態系が狂ってしまっているのは明らかです。セミの生態系が狂うと、地球上の生態系にどんな影響が出るのかわかりません。わからないから「いいんじゃないの」ではなく、わからないなら狂わせないようにしなければと思います。

 

 夜中にも明々と灯りをともす。その灯りのために、石炭を燃やし、核分裂をおこして発電する。 それが原因で、地球上のいのちの連鎖に狂いが出始め、地球が沸騰し始めた。 

 

 人間て、かしこいようで、間が抜けてますね。

 本当に何とかしなければ。  

 

 

 

 

大阪じじい報告=230718  グリーンウオッシュ

梅雨明け前の集中豪雨、必ずどこかで大きな災害が発生し、だれか死ぬ。で、梅雨が明けたと思ったら、今度は殺人的な暑さの襲来。それが毎年のこと。不安と災害、恐怖の夏。もうこれが日本の夏の”風物詩”になろうとしています。情緒もヘッタクレも無し。 

 

 地球環境が危機的な方向に激変しているのを、今すぐなんとかしなければ、この先本当に人類は生存できなくなるでしょう。戦争準備のための国家予算を倍増している場合ではないだろうに・・。

 

 気候危機、コロナ禍、大軍拡がすすむ日本社会ですが、マンションにポスティングされるチラシ広告は「のどかなもの」がほとんどです。

 

▶「千里中央まで徒歩5/公園都市に暮らす(マンション広告)」「夏ダ~!/飲み物一品サービス!/お持ち帰りで半額!(ピザの広告)」「学ぶ意欲を育てる/個別指導で希望をかなえる(予備校の広告)」 ・・・・まあ、10年後のことより、さしあたって当面の課題を解決することが大切なのでしょうね。

 

 そんなチラシの中で、こんなものがありました。

▶オープニング・スタッフ募集 ― 済生会・N病院 

病院のリニューアルオープンに伴う正規職員募集です。

医療事務―正社員(地域特定) 月収約19万円~(時給□□円)

賞与、退職金なし(・・!)。

「正社員」ではあるが、ANAでいうところの特定地上職掌みたいなものなんでしょうか。

たしかに時給は大阪府最賃よりかなり上でしたが、一時金も退職金もなし。これで”正社員”ですからね。

まあ、当面は「いつクビを切られるかわからない」という不安はないでしょうが、地域限定ですから、もし病院が移転するとなると、「はい、さいなら」となりかねない。 

「正社員」という名の低賃金労働者です。

 

■管理組合からのお知らせ(わがマンションの管理組合です)

「資源ゴミ回収業者(S商事)より社会情勢の変化により、資源買い取り価格変更の通知がありましたので、お知らせいたします。

アルミ缶 ー 価格変更なし

新聞紙 ー 「これまで1/kgから、0/kgに変更」と。

「もう新聞紙は買い取らないよ。ただ集めて持ってくだけでいいというなら、仕方ないからそうしますけどね」ということになったという。 

 

「社会情勢の変化」というが、社会情勢は、これ以上地球を壊すな、環境を守ろう、SDGsに世界中で取り組もうというのが流れ。「新聞紙をどんどん買い取りますから、みなさんせいぜいリサイクルに心がけてください」となるのがあたりまえではないのか。社会情勢からすれば「買取はもうやめた」なんて、おかしいではないか!

 

 環境を守る、といいながら、その中身はまったく逆行しているような行為を「グリーン・ウォッシュ」というそうです。 

 

 「明るい未来をめざして/地球にやさしい社会を」といって、石炭火力発電にしがみつく会社。「あらたな価値を創造する」といって武器を作る会社。「子育て支援の充実」といって、学校を減らし続ける自治体。「国民を守る」といって、国民を戦争体制にまきこもうとする国家。

 

 宣伝文句は、その企業や団体のイメージを左右するから、よく練られ、よく考えられています。だけどその中身が宣伝文句通りだとは限りません。むしろ「グリーン・ウォッシュ」があふれています。

 

 

 良く確かめてかからなければ。チラシ一枚で踊らされたらダメです。

 

 

 

大阪じじい報告=230707  イシンジャ

7月。梅雨も後半に入ろうという時季、蒸し暑さもレベルが上がってきました。 

 

 ここ数年「病気=新型コロナ」みたいになっていますが、この高温多湿のもとでは、熱中症はじめ、食中毒などのさまざまな病原菌による病気、暑い外と冷房の効いた室内との急激な温度変化による自律神経失調症や、免疫力低下など、いろんな病気(とはいかないまでも体調不良)が増えます。

 

 高齢者ではなく、中年、真ん中世代、働き盛りの30代~50代に多い病気を二つほど紹介します。

 

(ブルガダ症候群)

 特に持病があるわけではない。自覚症状もない。一生懸命バリバリ働いている中年の人が、ある日突然、コロリと死んでしまう。死後、解剖しても特に異常はない。むかしはこれを「ポックリ病」といってました。この病気の原因は、脳から心臓へ送られる電気信号の波形に異常があることが、近年わかりました。根本的な治療方法はない、そうです。 

 

 そして、私の心電図波形は、典型的なブルガダ症候群のそれだそうです・・・。 

 「年齢が70歳前だから、おそらくもう大丈夫だと思うけど、リスクはゼロではないからね。熱を出さない、睡眠を十分にとる、ストレスをためないこと」と医師。

いやあ、知らない間に”危険地帯”を通ってきてたようです。けれど、熱を出すな、ストレスためるな、といわれてもなあ・・・。

ちなみにこの病気は日本、中国、朝鮮半島、台湾、シンガポールなど、モンゴロイド、東アジア人の病気みたいです。

 

(イシンジャ)

 近畿地方で猛威をふるっている心の「病気」。大阪の、あるタクシー会社の社長さんが命名しました。競争社会で成功した強い人が抱く「『公共』や弱者を憎む」心の病気。圧倒的に中年男性に患者が多い。 

 

「おれ達は、ものすごく頑張ってきた。それをろくに苦労もせず、ろくに働きもせず、そのくせ社会福祉だの、年金だの、生活保護に頼る。その社会福祉や年金や生活保護費は、おれたちの税金や保険料がまわされている。ふざけるな!」。大阪で圧倒的な人気を誇る維新の会の考え方、そのものです。

大阪、最近は兵庫や京都、奈良にも患者が増えています。”イシンジャ”はそんな維新の会の信者と、その家族が感染しています。

 

 維新の会の幹部や議員が「日本も核武装せエ~!」といっても、保険金をだまし取って逮捕されても、政党助成金や政務活動費を私物化してため込んでいても、市民の税金で市長室にサウナ風呂を作っても、病院をつぶして、保健所をつぶして、浮いたお金でカジノをつくっても、統一協会の集会で挨拶しても、代表質問で自分のコンサートの宣伝をしても、酔っぱらって記者会見に臨み「北方領土は戦争で取り返せ」といっても、選挙ではダブルスコア、トリプルスコアで勝利する。

 

 千葉県のある選挙区で長谷川某候補が「自分が好き勝手飲み食いして、勝手に病気になって、人のカネで人工透析などしている。自費でやれ。やれないなら死ねば」と発言。 関東地方ではイシンジャの感染者はあまりいなかったので長谷川某候補は落選しましたが、大阪ならおそらくトップ当選でしょう。

 

 私の周りにもイシンジャ、もしくはプチ・イシンジャがたくさんいます。

前出のタクシー会社の社長さんいわく「あんねえ、自分と話の合う人とばっかり話しとってもアカンのですよ。私の会社の運転手ゆうたら共産党ばっかりですよ。なんか言うたらすぐ『たたかう』や、労基署に行きよりますねん。ケンカばっかりしてますわ」「選挙でもね、勝とう思たら、みんなもっとイシンジャと話しに行かなあきませんよ。イシンジャをひとりひとり変えていってこそ、大阪が良うなりますねん」。

 

 暑さ厳しい季節になります。体調不良になりやすい季節。水分を小まめにとり、無理せず楽しくお過ごしください。

 

 

 

 

大阪じじい報告=230630  暑すぎる

蒸し暑いですね~。最高気温は、まだ32℃くらいですが(32℃もあるのに「まだ」というのも異常ですがね)湿度が半端でない。人間が「暑い、寒い」を感じる要素は、主に4要素だそうです。 ①気温 ②電磁波(赤外線) ③湿度 ④風速。 

この湿度がすごいんです。

 

 わがマンションは、南側は全面ガラスになっています。すると真夏はもう熱地獄です。エアコンで空気を冷やしても、日光が射しこむと、エアコンなんか負けてしまう。分厚いカーテンで、赤外線を遮断しようと努力しますが、これも力負け。「南向き、開放的で明るい室内」と宣伝文句にあるが、それにつられて購入したら、温暖化が進行する日本の都市部。実際生活するとなると、思わぬ「苦闘」を強いられます。 

 

 かつて車で「サンルーフ」がはやりました。コマーシャルでは「太陽の光をいっぱい受けて、海沿いの道を快走」するような映像を流します。が、実際にはサンルーフから射しこむ太陽光で、車の中は熱地獄。海沿いを快走することなどもほとんどない。たいてい、渋滞の街中をイライラしながら走っては止まり、止まってはノロノロ走る状態。 

サンルーフは、自然を意識的に残している、長い休暇のある、緯度の高いヨーロッパなどに向いているのです。今の日本では暑すぎるのです。  

 

 住まいでも車でも、さすがプロが作るキャッチコピーは、われわれの夢や購買意欲をかき立てます。それにまんまと乗せられるわれら。わかっちゃいるけど乗せられる。こうして資本主義は栄えるのでしょうね。

 

 いや、「明るい開放的な部屋」や「海沿いを快走する」ことを、絵空事、売らんがための宣伝文句ではなく、本当のこととして実現できるような生活環境や自然環境を作っていく努力をすべきでしょう。

 暑い夏。水分を小まめに摂り、熱中症に気をつけて夏を過ごしましょう。 

 

 

 

 

 大阪じじい報告=230616  ミニマムアクセス米

 アジサイの花が雨にぬれながら、色とりどりに咲きほこっています。灰色にくすんだような街並み。梅雨空の下、人間は鬱陶しい気分になりがちなのに、アジサイは元気いっぱい。あいつらは、本当にこの時季に似合う花ですね。

 

 なんでもかんでも値上げ値上げ! 年金+アルバイト生活者にとって、たまらん。ただ、ずっと値上げされた状態が続いてくると「値上げ慣れ」してくるようです。たとえばガソリン代。レギュラーガソリンは160円台/Lが続いています。けれど、少し前は確か120円台/Lだった。いや、かつて70円台の時もあったなあ・・。

 それが160円台がずっと続くと、150円台のスタンドを見つけたりすると「オッ、ここは安い! ラッキー!」なんて思ってしまう。160円台があたりまえ、になってきた。「のど元過ぎれば熱さを忘れる」ではないが、慣れとは恐ろしいものです。

 

 でも「慣れれば問題なし」というわけではありません。当然、みなさんのフトコロ具合は寒くなっているわけで、それだけ国民の生活レベルは低下しているということです。生活レベルの低下に、みんなが慣れてきたということですね。ああ、情けない。ちなみに、石油元売り大企業は、史上空前の利益を上げているそうですけどね。

 

 こんな新聞記事を見つけました。新婦人しんぶん(2/4付)。少し古いが紹介します。

 

▶▶▶▶▶

 商品の値上げの理由に、円安、ウクライナ戦争などが言われます。たしかにそれも要因ですが。今、輸入品の中で、値上げが著しいものの代表が「コメ」だそうです。ミニマムアクセス米としてアメリカから大量に買い付けていますが、60kg当たりの価格は、国産米の約1,5(15000円)近くになっているそうです。

 アメリカは温暖化の影響か、3年続きの干ばつに見舞われ、コメの不作が続き、収穫高が半減してしまっているそうで、それにより価格が倍になったのです。それでも「アメリカ様の米を買うんだ。国際的ルールに従うんだ」と政府。買い込んだミニマムアクセス米の主たる用途はエサ用。その際、購入価格の約1/10の価格で国内販売されます。仮に30万トン販売すると700億円の赤字になるそうです。赤字はもちろん税金で補てんされるのです。

 

 そもそも「貿易」というのは、自国でまかなえないもの、不足するものをお互い融通し合うことが本質。WTOのルールも自らの産業を破壊してまで海外の品物を買う義務は求めていません。なのに、自国のコメは「減反せよ」と指示しておきながら、外国(ほとんどアメリカ)から、自国の1,5倍の価格で売りつけられた米を買い続ける。壮大なムダ 異常な政府の姿勢です。

 

 この「ミニマムアクセス」についても、「自国の消費量のうち5%以上を輸入商品でまかなう事」というふうになっていて、国内の需要が下がれば、当然輸入量も減るのに、日本の場合「なにがあってもアメリカから〇〇万トン買うんだ!」と決め、国内消費が減れば、国産の生産量を落とすよう農家に指令を出しているのです。

 

 これがひどい形で表れているのが酪農だそうで、日本と貿易協定を結んでいるアメリカ国内における日本製品の割合は1%、逆に日本におけるアメリカ製品は38%。アメリカ製品をどんどん買い付けて、国内製品が余り始めた今、政府は「牛を殺処分したら、1頭当たり15万円さしあげますよ」と言っていると・・・。 

 

 世界中が、できるだけ自国での生産量を上げることに力をいれている時、「米作るな」「牛殺せ」などと言っている日本。「酪農をつぶすために税金を使うな。酪農を守るために税金を使え!」

(東大・鈴木宣弘教授)。

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 円安、ウクライナ情勢。ともに、値上げの要因ではあるけれど、それ以外にも様々な要素が加わり、われわれの生活を脅かしているのですね。しかし庶民を生活苦に陥れる大きな要因は、歪んだ、間違った政治です。 

 

 

 

大阪じじい報告=230529  ローカル鉄道

外はどんより曇り空。ムシムシと蒸し暑い。梅雨入り間近の様相です。

 

 暑くなってきて、とくに鬱陶しいのは「マスク」です。むかしから、帽子きらい、手袋きらい、靴下きらい、腕時計きらいの私。服以外、とにかくモノを身に着けるのがどうも苦手なようです。そんな私にとって、マスクは最悪のグッズです。

 

 「最初はイヤだったけど、もう慣れてきました」とみなさん言いますが、私は慣れません。頑張って1時間連続で着用していたら、頭痛が起こります。だから外に出た時、ときどき外して顔面をマッサージします。そんな人間だから、コロナが5類に格下げされたことを、密かに、しかし心から喜んでいました。「マスク着用は自己判断!? ヤッタ~!!」と。

 

が、わが老健では「原則、施設内ではマスク着用」が義務付けられたまま・・。 まあ、そうでしょうね。実態として、コロナはまったく収束してません。ただただ軍事費を捻出したい政府による、国家予算をワクチンではなくミサイルを買うことに振り向ける、医学的根拠もないままの「コロナ格下げ」ですから。ひどい話です。だから高齢者が集まる老健施設で、従来通りの感染症対策をするのは当然でしょう。 

 

 しかしホントにマスクはきらいです。

 

 梅雨に入ろうかという季節ですが、また旅に出たいと思ってます。ただ、この時季は雨が多いので、バイクではなく公共交通機関を利用することを前提に計画を立てます。公共交通機関を利用するうえでの私にとっての問題点。ひとつはマスクです。 

 

 最近、電車などの車内でも、ノーマスクの人が散見されるようにはなりましたが、やはりまだほとんどの人はマスク着用です。マスク嫌いの人間にとって、長旅で長時間、マスクを着用し続けていることは苦痛です。

 公共交通機関で旅するうえで、もうひとつの問題点。ローカル線になればなるほど、列車(各駅停車)の本数が少ないことです。朝6時台、7時台に一本ずつ、次は午後1時台に一本、あとは午後7時、8時台にあるだけ、てな感じです。

 

 だけど特急はそれなりの頻度で走っている。どうしても鉄道を利用するなら、イヤでも特急を使わなければ、なかなか計画が立てられない。カネがある人ならまあそれでもいいかもしれないけど、私のようなケチンボや地元の人にとっては、これでは「使えネ~!」ではないか。

 

 JRとしては、あまりもうからない路線は廃止したい。けれど高校生の通学やお年寄りの通院などで、それなりに地元民に使われている路線は、おいそれと廃止などできない。JR経営者は「どうすれば地元民のヤツラの鉄道離れが起きるか」と考え、「オッ、そうだ。 使い勝手が悪いものにすればいいのだ!」と思いつく。 列車の本数を間引いて「乗りたいときに乗れない鉄道」に変えていく。

 

 3年くらいかけて、本数を徐々に減らし、いつの間にか、ほとんど列車の走らない鉄道になってしまっている。JRから「では廃止させていただきます」と言われても、地元はさほど反対しない。 あっても使いづらいし、使われなくなったのだから・・とは、私の勝手な想像ですが、そう間違っていないように思います。

 

 地方都市に行くと「〇〇電鉄」「◇◇地方鉄道」という、ご当地鉄道がたくさんあります。そんな鉄道は 運行本数は多いし、結構お客さんが乗っている。終点の駅前は繁華街やバスターミナルになっていて、人通りも多く、街はにぎわっている。決して鉄道の需要がない訳ではないのです。使いやすければ、みんなは使うのです。

 

 そして多くの場合、そこから少し外れたところにJRの駅がある。列車は滅多に来ない。駅は森閑としている。人も車もいない。バスの本数もほとんどない。いかにも「仲間外れ」。しかしこれは町の人たちが悪いわけではない。JRの姿勢が招いた結果なのです。 

 

 ある新聞に、ハンガリーの超ローカル鉄道が紹介されていました。路線長20km。一日平均利用者数、数十人。日本ならとっくに廃止されているでしょう。日本人記者が取材した日も、終点まで乗ったのは、この記者の他、3人だったそうです。 

 記者が車掌さんに「こんなに乗客が少ないのに、なんで廃止されないのか?」と問うと、車掌さんは怪訝な顔をして、こう答えたそうです。「だって、利用したい人がいるじゃないか」。 

 

 

 すばらしい。

 

 

 

大阪じじい報告=230515  何でも国道沿い

風薫る5月、というわりに、ここ大阪北部では、結構雨の日が多くなっています。今日、今も、外はゴロゴロと雷が鳴り、大降りの雨。さながら梅雨入りみたいです。

 

 久々、12日のショート・トリップに出かけてきました。バイクでいく予定だったのに、雨が降り続いていたので、鉄道で行くことにしました。大阪・難波から近鉄特急で三重県・名張まで。 

 

「名張(なばり)ってなんか有名な所あるの?」と妻に聞かれました。「赤目四十八滝がある」と答えましたが、もちろんそこには行ってません。毎度のことですが、名張の街をうろついただけです。そこでの感想です。

 

 駅前の安ホテルに素泊まり。駅近くで晩飯を調達しようと思い、外に出ました。駅近くには古い家屋が軒を連ねています。だけど、いわゆる”食堂”というものがない。スーパーもない。あるのは居酒屋が少し、あとは不動産屋、学習塾、病院、美容院。コンビニが一軒。 

かつては食料品店や豆腐屋、食堂だった店舗は何軒もあるが、ずっと以前に閉店してしまった様子。風雨にさらされ看板が壊れ、扉もシャッターも朽ちています。

 

 名張は新しい住宅地が開発されています。大阪・難波へ特急で1時間くらいで行けるから、大阪への通勤圏になっているようです。なのに、駅前には、店舗らしい店舗がありません。古~い店舗「跡地」ばかり。いったい名張の人たちは、どこで買い物をしているのか。

あるんです。イオンモールも、DIYも、大手薬局チェーン店も、大型安売り家電店舗も。ただしどこも、駅前ではなく、新興住宅地の外れの国道沿い。車で行くのが前提。広~い駐車場が用意されています。

 

 駅前の路地裏。狭い、古い、ごちゃごちゃと建てこんだ家々が雨にぬれています。門の前には小さなプランターが置かれ、そこには草花が植えてあり、それがきれいに手入れされています。私が通りかかった家の中から、背中の丸まったおじいさんが、雨の中、合羽を着て外に出てきました。わたしと目が合って、お互い知らない者どうしなのに軽く目礼を交わしました。もう何十年も、この駅前で暮らしてきた人なのでしょう。

 

  この人たちは、買い物はどうしているのでしょう。街から身近な小さな商店が消えていく。買い物は、郊外にある大資本系の大店舗に、車で行く以外ない。しかし「年寄りは危ないから車に乗るな」と言われ、買い物にも行けない。

 

 名張に限らず、あちこちの地方の街に出かけて感じるのは、車がなければ、生活できなくなっているということ。交通体系に関する話題は、エンジンつきの車から電気自動車へのシフトのことばかり。だけど車そのものが使えなくなっている人が増えている現状をどう思うのかは、あまり論議されているようには思えません。

 

 高齢者だけでなく、子どもや未成年者、障がいのある人、経済的な理由で車を所有できない人などは、全人口の4割くらいを占めるそうです。そんな中、全国で鉄道や、バス路線がどんどん廃止されつつあります。車(自家用車)から置いていかれる人がいるんだぞ! これを放置して「電気自動車へ、チェーンジ!!」もクソもあるか! と思うのです。

 

 近鉄で、名張から大和八木へ。そこから歩いて橿原神宮へ。橿原神宮から近鉄で京都へ。近鉄終点の京都・八条烏丸から四条河原町まで京都の路地裏歩き(これがまたムカつく街の状態ですよ!)、阪急電車で大阪に戻りました。電車にたくさん乗りました。電車旅は気楽で快適。ただしバイクの何倍もの交通費がかかりました。 

 

  これもおかしい! 公共交通機関が高すぎる! またアルバイトがんばらねば。

 

 

 

大阪じじい報告=230503  憲法のココロ

大阪・扇町公園の大阪メーデーに参加してきました。

 

最近の民主勢力の取り組みは、どこも「老人会」的になっていて、本当に高齢者ばかりなのですが、今日のメーデーには、意外と若い世代、現役世代も参加していました。ウ~ム、なかなかいいことです。労働者の未来、明るいですね。

 

 かつていろんな場面で、ともにがんばった人たちと久しぶりに再会し、デモの後ちょっとだけ飲んで、楽しいひとときを過ごしました。明後日には、またこの場所で「憲法守れ」の集会が開かれます(私は勤務で、集会参加はなりませんが・・)。扇町公園、大活躍です。 

 

憲法記念日を前に、二つほど人の話を紹介します。

今、ペシャワール会の医師・故中村哲さんの本を読んでいます。アフガニスタンでの出来事の一つを、本の中から紹介します(文章は多少変えています)。

 

▶診療所には、朝早くからたくさんの患者がやってきて、診察を待っている。そんななか、ライフルを構えた男たちがドヤドヤと押し入り「急患だ。先に診ろ」という。断ると、銃を突きつけ脅す。

診療所のスタッフのひとりが、いきなりその銃を持つ男たちにおどりかかり、あっという間に銃男たちを殴り倒してしまった。このスタッフは、かつて侵略者・ソ連軍とたたかう武装集団の司令官を務めていた猛者である。

銃男たちは、スゴスゴと引きさがっていったが、その目は異様に鋭かった。私はこちらから手を出したことはマズイと思った。 

 

案の定、その夜、診療所が銃撃にあい、スタッフ2名が射殺された。銃声と、壁に「ビシッ! ビシッ!」と弾が当たる音が響く。診療所が武装集団に包囲されているようだ。 

 スタッフたちが応戦すべく、他のスタッフを集め、銃を取ろうとしたとき、私が「だめだ! 撃ってはならん!」と制した。「どうしてだ!? 皆殺しにされるぞ!」というスタッフに対し「よく聞きなさい! 銃で自分の意を通そうとするなど卑怯者のやる事だ。しかしそれを恐れて、銃で応戦するのは臆病者のすることだ!」「われわれは人殺しに来たのではない。人の命を救うために来たのだ。銃撃戦で、いちばんこまるのは、明日の診察を待っている患者たちだ」と一喝した。それが効いたのか、スタッフたちは落ち着きを取り戻した。診療所内の静けさをさとってか、やがて銃撃も収まり、武装集団は撤退していった。

 

 たとえ相手に応戦しても、殺されるかもしれない。逆に、丸腰でも殺されないかもしれない。武装するより丸腰でいることは勇気がいるが、実際は、相手との信頼関係を築けば、案外できるものなのだ。こちらの過剰防衛が、相手の過剰防衛を生み、相互不信を募らせ、それがお互いにエスカレートしていく様は、アフガニスタンで十分みられる。

 

 憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し、われらの安全と生存を保持しようと決意した」を地でいくような対応です。

 

もうひとつ。清水忠元衆議院議員の演説会での話。

▶憲法を守って平和を守ろう、というと「そんなこと言うても、ほんならもし相手がミサイル撃ってきたら、どないすんねん!」という人もいます。

 そういう時、私は言うんです。「その時は、死にます」と。だから、ミサイルなんか撃たさんようにせんとあかんのです。それが外交ゆうもんで

 す。

 

 アジアのいろんな国をまわり、「中国、あいつイヤなやつやなあ。悪いやつやな。あいつをみんなで見張っときましょう」とふれてまわり、敵対的見地を広めてまわる岸田首相。憲法のココロをしっかり学び直してほしいものです。

 

 

 

 

大阪じじい報告=230418  イコール・ペイ・デイ

暖かい風が雨を運んできます。雨の多い季節がやってきました。同時にそれは新緑の季節です。 街路に植えられたツツジが、きれいに咲きほこっています。

 

 すっかり春になりました。花粉症も収まってきたことだし、選挙が終わったら、またどこかバイクで出かけたいと思っています。

 

 地方選挙の後半戦。わが豊中でも、街中を各候補者の宣伝カーが走り回っています。特に大阪人の絶大な支持を得ている維新候補者が、現有議席の倍増をめざし大量に立候補。他党現職を蹴散らす構えです。私が応援する政党は、ヘタすると全滅の可能性みたいです。 

 

 しかしその維新候補者の宣伝カーから聞こえるのは「凸山ショウタ、凸山ショウタ、凸山ショウタ、覚えてください、凸山ショウタ、凸山ショウタ(以下延々続く)」、「凹川リョウ、平成生まれの30才、若い力でガンバリマ~ス!」・・・。 「なんか、まるで小学生みたいやねエ」とは、元教員の女性の感想です。市政に対する政策も、主義・主張もなし。ああ、大阪人は、こんな連中のどこに魅力を感じるのだろうか・・。

 

 そろそろメーデーへのお誘いがなされ始めましたね。メーデーにまつわる話です。 

 

■メーデーは、19世紀末アメリカで、8時間労働を求めるゼネストが行われたのが始まりでした。

当時、1415時間労働は当たり前。劣悪な労働環境、劣悪な生活環境や過労で倒れたら「ハイそれまで」。「8時間働いて、8時間休んで、そしてあとの8時間はおれたちの時間だ!」と労働者がたち上がった。

では、国の制度として、8時間労働制を一番早く取り入れたのはどこか。ソビエト連邦です。ロシア革命が成功し、革命政権樹立の4日後に「労働日に関する布告」で明記されました。

革命政府はこの他にも、戦争(1次大戦)からの離脱、略奪した諸国の解放・独立(バルト3国、フィンランドなど)、有休休暇制度、社会保障制度、男女平等の制度、失業ゼロ、バカンス&保養地整備など、西側先進国で、労働者がいくら要求しても押しつぶしている様々な制度を、一気に実現したのです。

私には「ソ連」というと、ろくなイメージがありませんが、実は大変すばらしい実績を残しているのです(その後、スターリンによってムチャクチャにされてしまった)。

 

■もうひとつ、「51日」というと、「イコール・ペイデイ」だったか(正式名称を忘れてしまった)、そんな名称の日でもあります。

どういうことかというと「国別に、男性が11日から1231日まで働いて得た賃金の額を、女性が働いた場合はいつ得られるか」という日。もし男女同一賃金なら、女性も1231日になります。しかしフランスの場合、女性が男性と同じ賃金額を得るためには、11日から働き、翌年の2月の何日か、イギリスなら翌年の3月何日か、そして日本なら翌年の51日だそうです。

 

 これはコロナ禍前のデータですが、おそらく傾向的には変わっていないでしょう。日本の男女の賃金格差の大きさが「51日」という日に表れています。同時にそれは、日本の政治姿勢の悪さ、労働運動の低調さを表しているという事です。

 

 国や自治体の操縦を誰がするのか、どういう方向に向けるのか、選挙で問われるし、おかしな操縦をしたらクレームをつけたり、操縦士を交代させたりするのが民主主義です。人任せにできません。市民の声を反映してくれる操縦士(候補者)をコックピット(議会)に送り込むため、もう少しがんばって、それからツーリングに出かけたいと思っています。

 

 

 

 

大阪じじい報告=230330  揺れること

= いたるところ、道路で工事が行われています。

 

 デイサービス送迎車はハイエースですから、ゆれる、ゆれる、ゆれる、大揺れです。「揺らすな」と言われていますが不可能です。ならば、ゆっくり走ればいいのでしょうが、運転しているみなさん気忙しく、後ろから強烈にあおられます。「トロトロ走るな!」と。「高齢化社会」なんて言いながら、日本の道路事情は、高齢者に厳しいですね。

 

 「揺れる」といえば、ちょっと気になる「揺れ」を経験しました。先日、息子の結婚式に出席するため、新幹線で上京したというのは報告しました。新幹線「のぞみ」、時速300km近くで走ります。だけど揺れません。おまけに静か。ホントに、滑るようにカッとんでいきます。日本の鉄道技術の高さを実感しました。

 

 品川に到着し、山手線に乗り換え、渋谷に向かいました。出発したとたん・・・激揺れ!! なんすか、あの揺れかた! JR西日本には在来線に新快速が走っています。こいつは時速130kmで快走しますが、これもあまり揺れません。せいぜい時速80kmくらいしか出さない山手線が、なんであんなに揺れるのか。

 

 山手線の車両と、JR西の新快速の車両は同世代、基本的に同じ造りです。台車(足回り)は同じです。ということは、揺れの原因は、山手線の線路の状態が悪いということでしょう。何年か前、JR北海道で貨物列車が脱線転覆しました。原因は線路の状態が非常に悪かった。きちんと線路のメンテナンスをしていなかったようです。事故後、調査したら、線路の幅が数センチ、リミットアウトしていたという。 

 

 JR北海道は、この先、都市部を除き、路線を半減させるといっています。地元は猛反対しているのに。「鉄道事業なんて、もうからねえし、やってらんねえ」ということです。やる気なしです。JR北海道の経営者は「安全で信頼できる住民の足を確保する」という公共交通を担う企業のトップの資格はない。即刻、辞めさせるべきでしょう。

 

 なんだか山手線の異常な揺れかたは、そんなJR北海道に似たようなにおいがするのです。毎日乗っている人はあまり感じないのでしょうが、他所から来たものには、あれはおかしいぞ、と思いましたね。そもそも「揺れる」というのは、基礎が歪んでいたり、しっかりしていないから起こるもの。もちろん、基礎がしっかりしていても、外界のさまざまな力で揺れは起こりますが、基礎がしっかりしていたら、多少揺れても心配なし。しっかり大地に根を張った大木は嵐にも耐えるように。しかし基礎がぐらついているものは危ない。

 

 わが大阪で絶大なる支持を得ている維新の会。今、たたかわれている地方選挙でのウリは「維新ならできる!! 私立高校授業料を無償化しました!!!」です。しかしね、かつて維新の創設者・橋下徹さんが知事になった時、高校生との直接対話を行った際、高校生たちの「私学助成を充実してください」という声に対し、橋下さんは「日本は自己責任の国。それがイヤなら日本から出ていくか、自分が政治家になって変えるかしかない」と切り捨てた。

 

 ところが「私学助成を充実してください」という運動が全国で盛り上がってきて、あちこちの自治体で私学助成の充実がなされ始めたら、いきなり大阪でも私立高校授業料無償化となった。「いやなら日本から出て行け」といってたのに? 「揺れ」どころか「逆転」「逆立ち」です(ただしこの『授業料無償化』も誇大広告で、いろいろ制約があり、全員が享受できるわけではなく、またそこで使った府の財政を捻出するためか、公立高校をすでに14校も廃止⦅ひどい!⦆していますけどね)。

 

 こういうその時の世相で、言う事やる事をコロコロ変えるやつは、信用ならんです。 

 

 どんなに弾圧されても本筋を曲げず、しかし具体的方針は情勢に合わせ柔軟に対応し100年も続いている勢力もある一方で、イケメンで人気だけはあるがグラグラ揺れる、行き先がコロコロ変わる、そんな勢力の運転する政治的電車に乗って脱線転覆、なんてならないよう、地方選挙に臨みたいですね。

 

 

 

 

大阪じじい報告=230320  新幹線の役目

いきなり、すっかり春になりました。桜も突然開花してしまった。なんだか季節が超特急で過ぎていくようです。

 

 先週、息子の結婚式で上京しました。定刻に確実に到着しなければならないので、新幹線を利用しました。「のぞみ」です。初めて乗った。感想です。

 やっぱり速い。「畑も飛ぶ飛ぶ、家も飛ぶ」ですよ。今から60年近くむかし。1964年、東海道新幹線が開業した直後、鉄道マニアの小学生だった私を、親が新大阪から名古屋まで新幹線に乗せてくれました。ただし、乗ったのは私一人。オヤジが新大阪まで送ってくれ、「気をつけてな。名古屋に着いたら、またすぐ帰ってこいよ」と。 初めての新幹線に、初めての長距離一人旅でした。その時「ウヘ~ッ! 速い~!」と思った感動が、ちょっぴりよみがえりました。

 

 けれど今回、驚いたのは「速い」ではない。その運行ダイヤです。ウチの近くを走る阪急バスも、阪急の箕面線も10分間隔の運転です。ところが東海道新幹線「のぞみ」は6分間隔で運行されているのです。最高速度285km/hの列車が6分間隔。その合間をぬって「ひかり」「こだま」が走る。各駅停車の「こだま」だって200km/h以上のスピード。少し何かあれば、大きな事故につながりかねない。ものすごく緻密な運行管理のもとで列車は運行されているということでしょうね。

 

 さらに驚いたのは、それが16両編成という長大な列車であること。さらにさらに、16両編成の長大編成の列車が6分おきに運行していて、各列車がほぼ満員に近い、ということ。「のぞみ」は東京へ向かう途中、京都、名古屋、横浜にしか停車しない。その停車駅ごとにたくさんの人が乗り降りするのです。つまり東京と大阪の間の、大きな都市にたくさんの人が住んでいて、その間を、たくさんの人が移動する、という構図が見えます。

 

 私が時々バイクで出かける地方の街は、駅に行っても、めったに列車は来ない。来ても1両か2両、多くて4両編成。駅前広場にもひと気はあまりない。結局日本という国は、一部の大都市に人がかたまって住んでいる。そこに、もうけをもくろむ企業が投資し、カネさえあれば、一見便利なような街が形成される。それにつられて、さらに地方から都市部に人が集まる。都市部と地方のインフラの格差がだんだん広がる。それがまた人が都市部に集まるもととなる、となっているように思います。

 

 これを人体に例えたら「体の一部だけ発達した人間」ではないか。「身体の隅々まで栄養をいきわたらせていない、全身をくまなく発達させず、ごく一部だけ成長している奇妙な人間」みたいな気がします。こういう人は決して健康体にはなれないし、長生きも出来ないでしょう。

 

 到着した東京・渋谷は、まあ言うまでもなく人人人の波。若者も多い、けれど・・・。

東京は日本では数少ない「人口が増えている自治体」です。全国から若者が集まるからでしょう。当然、平均年齢も若い。若者が多い、活気あふれる若い街・東京、のはずなのに・・・人口当たりの子どもの数が少ないのです。ある大学の調査によると「東京は、全国から若者がやってきて、働き、そのまま結婚もせず年老いていく街だ」と。なぜなんでしょう。 

 

 爆走する「のぞみ」の車窓から、山間の川に沿って走るローカル線の線路が、一瞬見えました。 ウネウネと曲がりくねりながら村と村、村と町を結ぶ鉄道です。「のぞみ」はそんなもの関係なく、一瞬で飛び越し、突き進んでいきました。新幹線の役目は「大都市間の人の移動」だけですから。

 

 全国で、新幹線が開通した同時に、在来線の線路が廃止されています。「廃止されたら困る!」と地元が泣きついてもJRは知らん顔。やむなく自治体が第3セクターとして運用する路線がたくさんあります。新幹線と地元ローカル線は全く性格が違う交通体系です。新幹線が開業したから在来線を廃止するなど、まったく間違っているのに。

 

 

 結局「新幹線」は、都会のための交通体系だなあと思いました。

 

 

 

大阪じじい報告=230312  女性のストライキ

暖かくなってきて喜びたいのですが、花粉症が全開です。息ができない、目がかゆい。ああ、つらい。

 春闘の季節です。が、メディア(NHK)によると「トヨタが満額、ホンダも満額、日産も満額・・・」と、ここしばらく見られない賃上げ満額回答のオンパレードです。どーしたんでしょうね。経団連は心を入れかえて、労働者の生活向上を第一に据えてくれたのでしょうか。

 

 「ストライキ」を構えた様子はありません。穏やかに話し合って、満額回答をゲットしたのでしょう・・ね。かつては「労働争議、闘争」とくれば「ストライキ」は当たり前でした。「労働者の実力=働くことをやめたらどうなるか」を目の当りに見せつける行為です。実際にスト突入するしないは別にしても、ストを構えることは、労働者の団結の固さを示すものになります。

 

 当然、ストを打たせないよう、企業はあの手この手で柔硬おりまぜた対応を仕掛けてきます。労働組合はそれに流されないよう、手をつなぎ合って、要求貫徹で頑張る・・・ということもなく、満額回答ですよ。

 

 今や「ストライキ」は、死語になりつつあるのか・・。日本で一番最初にストライキ(同盟罷業)が行われたのは、雨宮製糸工場での女工さんたちのたたかいだったそうです。

 

 養蚕が盛んだった山梨県。製糸工場がいくつもありました。しかしそこでの労働は過酷なもの。15時間労働があたりまえでした。少しでも良い労働条件の工場に転職する女工が後を絶たないため、各工場経営者たちは、そんな転職する女工を雇わない協定を結び、女工を自社に引き留めたうえ、労働時間延長、賃下げ、遅刻者に対する罰金などを一方的に労働者に押し付けたのです。

 

 これに対し雨宮製糸工場の女工さんたち約100人の怒りが爆発。職場を離脱、近くにあるお寺に籠城しました。この時は、工場側が労働時間の改善などを提示し、女工たちは職場復帰します。

 

 では、戦後一番最初にストライキが行われたのは ー 「上野高女のストライキ」だそうです。まだ焼け跡がくすぶる終戦2ケ月後のこと。東京・上野にある私立上野高等女学校で、生徒に、ろくに授業も受けさせず、農作業に駆り出したあげく、そこで獲れた農産物を校長などが不正に着服していたのを生徒たちが怒り、4年生の生徒150人が同盟休校(ストライキ)に入ったもの。当時15歳の少女たちの果敢なたたかいです。

 

 この時、生徒たちは、農産物や配給品の公平な分配、校長、副校長、全教員(つまり軍国主義の先生たち)の排斥、正しい教師の復職などを要求に掲げています。雨宮製糸工場のストも、上野高女のストも、どちらも10代の女性が中心です。労働組合などない。自然発生的に、しかし要求を明確に示し、団結して、統一行動が組まれているということ。すごいです。 

 

 そういえば「米騒動」も、当時の社会の労働争議の高まりを背景に、富山の百姓のおばちゃんたちの「オラたちの米を持っていかねえでくれ~」という願いから、コメを船積みするのを実力で阻止しようとしたことが始まりだったといいます。

 

 こうしてみると、日本では、女性を中心に社会に、下からインパクトを与える「統一行動」がとられてきているように思います。ジェンダー平等指数が先進国最低。いや、先進国だけでなく世界中の国の中でも極めて遅れた日本のジェンダー格差社会。女性が怒って行動を起こすのは当然でしょう。

 

 では、最近ストライキも構えず、要求がスイスイ通るのは・・、そうか、「連合」の会長が女性になったからか・・・。

 

 

 

大阪じじい報告=230224  賃金の上がらない国

寒いですね。ここ北摂地域は大阪平野の北端に位置するため、天気予報で報じられる大阪の気温より、いつも少し低くなります。朝、道路が凍結していたり小雪が舞います。

 

 けれど梅が咲き、日が長くなってきました。夕方のデイサービス利用者の送り時に、まだ周りに明かりが残っています。狭い路地裏走行にとって助かります。春は確実に近づいています。

 

ヘルパーの女性が、数年ぶりにコンサートに行ってきたそうです。それも横浜まで。「ほんで、どこ泊まりはったんです?」と聞くと、「そんなん、もったいないこと出来ますかいな! コンサート終わったら、すぐ夜行バスで帰ってきましたわ。疲れたわ・・」。私の「せっかく横浜まで行ったんなら、ちょっと観光してきたらよかったのに」に対し、「そうなんやけど、お金かかるし、給料ズ~ッと上がれへんし」とヘルパーさん。 

 

 世界でも、日本は賃金の上がらないさみしい国の代表みたいですね。世界で賃金が上がらない国というと、ソマリア、シリア、アフガニスタン、そして日本という。内戦や政情不安の国を除いて、いわゆる先進国で、こんなに賃金が上がらない国はないようです。賃金が上がらない理由はいろいろあるでしょう。政権の姿勢、財界の姿勢・・。しかし労働運動の弱体化も大いにあるように思います。

 

 こんな国があります。政府が労働組合結成を呼びかけているのです。

▶政府がネット上に特設サイトを設け、そのサイトで労働組合の意義、果たす役割(生活向上、経済活性化、民主主義を強くする)、労組のこれまで

   のがんばり、労組の結成方法、労働者の声などを掲載している。

▶同サイトで労働長官(労働大臣)が動画でメッセージを流している。内容は「労組に加入した労働者は、安心して自分たちの権利を主張できる」

 「労働組合員を増やすことは、労働者とその家族の生活をより良くすることを意味し、経済をより強くする」「政権・政府は労働者の団結権を支援す

  ることを約束する」。

 

 日本政府の「企業がもうかれば、労働者もそのうち、おこぼれにあずかれるんじゃないスか・・」というトリクルダウン論なんかと、なんと異なる姿勢か。うらやましい・・。 で、上記サイトは資本主義の総本山・アメリカです。 

 

 アメリカの世論調査会社ギャラップによると、現在、アメリカでは労組を支持する人が国民の約7割にのぼり、これは1965年以降で最高だといいます。この背景には、コーヒーチェーン・スターバックスや通販アマゾンなどで、若者が先頭に立っての労組結成が相次いで、労働運動の機運が高まっているから、と分析しています。

 

 1997年以降賃金が下がり続けている日本に対し、同じ期間アメリカでは約1,8倍になっている。最低賃金は1500円以上の州や自治体が増えているアメリカ。若者を中心に「資本主義より社会主義の方がいい」という人が増えているアメリカ。「ウォール街占拠」や「#ME TOO」「サンダース現象」など、若い世代の社会運動がエネルギッシュに盛り上がり元気いっぱいのアメリカ。政府もそれに合わせ、若者を視野に入れた政策を打ち出してきたのでしょう。  

 

 若い人の立ち上がりが今ひとつ欠ける日本。よし、ここは年寄りが頑張るしかないか。そのうち若いのも助けてくれるだろう。それまで持ちこたえなければ。

 

 

 

大阪じじい報告=230210  家族の看護

寒い日が続いています。窓を閉め切って、エアコンで暖房しているご家庭が多いようです。そうすると新型コロナだけでなく、在来型コロナウィルスによる感染症、いわゆるインフルエンザにかかる人も大変増えているようです。 

 

わが職場の職員やその家族にも感染者が数名発生、お休みしています。おかげで、人手不足、多忙に輪をかけ、職場がギスギスしています。今のデイケア職場の人事面での最上級者は40代の女性です。ANAでいう主席にあたります。デイケア職場のマネージャーでもあります。この女性が先週1週間休みました。お子さんがインフルエンザに罹ったから、その看病のためのお休みでしたが、その後ご自身も感染して寝込んでしまったそうです。

 

 同時期に、パートのヘルパーの女性も、やはりお子さんがインフルエンザに罹ったということで休んでいました。その結果の職場の超繁忙。「もう日曜日に1日休んだだけやで。それからズ~ッと出勤や・・ホンマに・・」とは、管理職の女性の次にあたる非管理職の男子正職員のボヤキ。

 

 インフルエンザの流行はむかしからありましたし、実際、ANAでも職場の同僚が毎年何人かは感染していました。けれど「家族にインフルエンザの感染者が発生してその看病で休職。その影響で職場が繁忙」というのを、私はANA現役時代聞いたことはありませんでした。ほとんどが男の整備の職場でしたから。ところが、女性職員がほとんどの介護の職場では、これが大きな影響を与えるんですよ。

 

 こうしてみると「家族の看病はオンナの仕事」という構図です。これについて、何人かのヘルパーの女性に「家族の看病はオンナの仕事」というのを、どう思う? と聞いてみましたが、「はあ? 当たり前ですやん」「主人なんか、家のこと、なんにもできへんですよ」と。 

 

 ジェンダー平等は、まだまだ先のようですね。 

 

 1週間休んだ管理職の女性は「ホントにみなさんにご迷惑をおかけしました」と一人ひとりに頭を下げ、”おわび”に、各自に結構高価なケーキをくださいました。「病欠したからゴメイワクをかけた、みんなに謝る」? 本来なら「もう治った? 大丈夫? 無理すんなよ」といたわってもらうべきでしょうに。これもおかしな”日本的感覚”ですね。

 

 在来型も新型も、コロナウィルスは飛沫感染が基本。3密(密接・密集・密閉)を避ける、こまめな手洗い、うがい、清潔な環境を保つ、マスクの着用が有効。

 

 政府が軍資金欲しさにコロナ対策を止めようとしていますが、アホな政府に踊らされず、自身の健康管理に努めましょう。

 

 

 

大阪じじい報告=230126  労働組合の要求

 「春闘がスタートします」と、NHKのラジオニュースで報じていました。

私はマイカーで走行中にカーラジオで聴いていましたので、うろ覚えですが、概要は以下の通り(だったと思います)。お聴きになっていたかもしれませんが、あらためて紹介します。

 

▶▶▶ 

春闘がスタートします。ところが各労組にとって、大きな課題は「春闘要求をどう作っていけばいいかわからない」ということ(エ~ッ?!)。 

そこで労組はコンサルティング会社に「春闘要求作り」を相談しています。依頼を受けたコンサルティング会社は「経営状況、景気動向などを分析し、労組と丁寧に協議しウンヌン」・・・◀◀◀

 

なんというか・・・、ひどいというか、情けないというか、労働運動の劣化も極まれり、ですね。「要求」は職場の声が基本なわけですから、労組が相談すべき相手は、コンサルティング会社ではなく職場の人たちだし、職場にきけば、要求作りなんて悩むことはないはずですがね。 

 

 大手の組合では、もう何十年も「職場の声を聞く」活動はされていないのでしょう。労組は「職場の声を聞く」どころか、「職場の声を抑える」組織に成り下がっている。「労組幹部になること=出世の足掛かり」が既成コースになっていて、見つめる先は「人間らしく、働きやすい職場」ではなく、「オラもケーエーシャ」なのでしょう。

 

 むかし、国際自由労連の幹部が、同労連に加盟する日本の「同盟(現在の『連合』ですね)」を訪問した際の感想は「日本の『同盟』にそっくりな労組を見たことがある。ソ連の労組だ」でした。

 

 「連合」の芳野会長はインフォーマル養成組織・富士政治学校卒業を自慢されています。この学校を設立した松下某さんは、統一協会・勝共連合賛美の人。政治の世界だけでなく、労働運動の世界でも統一協会が深く浸透し、それが労働運動を劣化、無力化させているように思います。

 

職場の声を基に、職場から運動をつくっていく活動を、次の世代にきちんと継承してこなかったわれわれオジン、オバンの責任でもあります。

 

 ただあまり表面には出ないけれど、今も全国で、あるいは世界中で、職場からの声を力に、たたかいが続けられているわけですから、それらを外から支援していきたいと思っています。 

 

 

 

 

大阪じじい報告=230117  ドシロートの運転

この1月で、老健デイケア利用者の送迎車運転業務にたずさわって、丸7年となりました。ついに古株の2番手になってしまった。いわゆる「ベテラン」というやつですが、相変わらず小さなミスを繰り返しています。 

 

 見習い運転手は、最初は先輩運転手が運転する送迎車の助手席に座り「このお宅では、門の横に桜の木があるから、ちょっと斜めに止めやんとあかん」とか「ここはほら、結構キツイ登りをバックで入らんとあかんけど、行きすぎたら、車椅子が乗せられへんから、電柱がちょうど顔の横に来たところで止めたらええくらいや」「ほら、家族さんに挨拶しとき」など、教えてもらいながら、送迎のお手伝いをします。

 

 やがて独り立ちします。けれどはじめは、とにかく利用者宅に無事到着することで頭がいっぱい。大遅れで利用者宅に到着したり、逆にメチャクチャ早く到着したりして、添乗スタッフからヒンシュクを買ってばかりでした。

 

 先輩の運転手にKさんという方がおられました。温厚な方でした。この人は不思議な運転をします。性格通り、非常に慎重にゆっくり走ります。なのに、送迎スケジュール通り運行できる。遅れない。オンタイム。なんで?! ワープ航法をしているのか?

 Kさんに「なんで、そんな走りができるんですか?」と聞いたら、Kさんはニッコリ笑って「できるようになりますよ」と答えました。 

 

 丸7年にして、現在、私もそれに近い送迎車運行ができるようになりました。利用者宅を、時間と順序別に頭にえがけば、だいたいの走行の時間配分、ペースが見えるようになってきたんです。

 

 むやみにカッ飛ばしたり、また不必要に慎重にならず、スケジュール表に記載された時間を守るよう、走行ペースとルート(決まった送迎ルートはなく、運転手の判断にまかされている)を臨機応変に組み合わせることができるようになって、オンタイム運行ができるのです。こういうのを「スキルの向上、腕を上げた」といえるのでしょう。

 

 仕事をしていく中では、自分の仕事のスキルを上げるため努力することは当然だし、周りからも求められることです。というか、経験を積み重ねるなかで、様々な体験や知識などから、スキルは向上していくものでしょう。

 

 akatsuki-web「職場ウォッチ」で、ANAの職場では、現在人手不足が深刻になっているということが報じられています。「コロナ禍だから」と、9000人減らしたら、こんどは仕事がまわらなくなって、一旦契約を切ったシニア層を呼び戻したり、若者の離職を減らすために、わけのわからない手当を新設したりしていると。

 

 何んですか、それ?! まるでドシロートの運転と同じじゃないですか!!

 

 経営を取り巻く環境が”渋滞”していたり”通行止め”になったり、ときには”きわめて順調”であったりするのは当たり前でしょう。そういう状況を踏まえつつも、運転する者は、ずっと先の目的地を見据えて”経営ロード”を安全に運転するべきです。ほんの目先だけ見て「アッ、いかん!」「ワッ、えらいこっちゃ!」といちいちハンドルを右に左にチョロチョロ切って蛇行し、アクセルを踏んだと思ったら急ブレーキを踏む。こんな運転、乗っている人は酔ってしまうし、そのうち事故につながるかも。

 

 ヘタクソ運転手の車には乗らないのが一番だけど、雇用関係にある労働者はそう簡単に降りるわけにはいきません。まともに運転できない経営者とは、困ったもんだ。

 

 

 

 

大阪じじい報告=230108  泉北ニュウタウン

今年も新年早々、なんだかあわただしく、正月気分を味わえないまま仕事や地域活動が再開してしまいました。今さらながら「もっと、ゆっくりしたいのに・・・。 こんなはずじゃなかった・・」と思いながら、今日もデイサービス送迎車で箕面の街を走ってきました。

 

 といいつつ、一応「初旅」をしてきました。日帰りの、ちょこっと旅ですがね。大阪府南東部・和泉市、岸和田市にまたがる「泉北ニュータウン」に行ってきました。というと、たいていの人が言うのは「エッ? 泉北って、あの堺の南の?」「そらまた、何で・・?」「あそこらへんに、なんか見るとこ、ありましたっけ・・?」。

 

 そう。むかし田んぼや畑、雑木林やため池だったところを削りたおし、埋め立て、鉄道を通し、道路を通し、広大な宅地を造成し、イオンモールなどの大店舗を呼び込んだ、日本中にある新興住宅地。有名な、歴史的あるいは文化財などほとんどない地域。駅近くにはマンション群、少し離れたら戸建て住宅群。11万人の人が生活している街です。

 

 そんな所に、電車を乗り継ぎ、時間をかけて、それなりの金も使っていく。「そらまた、何で?」と、ほとんどの人が思うことでしょう。なんで行ったか? 行ったことがないからです。

 

 観光名所、有名な神社仏閣はもちろん訪ねると感銘をうけるのですが、私はこういう、なんでもないけど行ったことがないところをうろつくのが好きなんです。永六輔さんの♪知らない街を、歩いてみたい。どこか遠くへ行きたい♪、あれ、あの心境ですよ。

 

 阪急―大阪メトロー南海と乗り継ぎ、泉北高速鉄道に乗ります。泉北”高速”鉄道というが、特別に高速運転しているわけではない。車両も南海電車と同じ。普通の速さで運行しています。わが街の北大阪急行もそうですが、鉄道会社名に「高速」だの「急行」だのをつけることが多いですね。 東急だって、京急だって、阪急だってそうです。鉄道=目的地に早く行ける、ということがウリなんでしょう。 

 

 しかし電車の車内の広告は、初詣や観光地、駅前のグルメ情報など遊びが満載。高齢化社会も進展している中で、みんなは「早く行ける」魅力より、もっとゆとりや遊びを欲しているのではないか。

 

 そんなに急いでどこへ行くではないが、もうそろそろ「急行」だの「高速」だのを売りものにするのはやめたらどうかと思うのです。北大阪ラクラク鉄道、大阪食いだおれ鉄道、東京ならまかせとけ鉄道のほうが、よっぽど優しいし楽しいしと思うのですがね。

 

 泉北高速鉄道の終着駅・和泉中央を降りて線路に沿って歩き始めます。全線高架の鉄道に沿い片側2車線の府道が走っています。正月で比較的道は空いていますが、それでも駅を出ると、排ガスの匂いが鼻を突きます。クルマの排ガスが大気を汚しているのがよくわかります。けれど、少し歩いていると、匂わなくなるのです。慣れてくるのでしょう。排ガスが大気汚染を引き起こしている、それがあたりまえになる、恐ろしいです。 

 

 どこにでもあるような住宅街をぶらつき、2駅ほど歩き、また電車に乗って帰りました。着飾った若い人たちや、初詣に行くのであろう楽しそうな家族連れで、駅はにぎわっています。平和な社会の新年ならではの街の様子です。

 

 いつもはコンビニおにぎりやパンですます旅先の昼食ですが、正月ですから奮発して王将の定食を駅前で食べた! 今年初の贅沢。 

 

 

 

大阪じじい報告=221225  老後の生活

毎年、クリスマス前後は「クリスマス寒波」とかで、グッと寒くなります。今年もここ大阪北摂地域では、小雪がちらつく寒い日が続いています。

 

 毎年この季節に、周りの人たちに聞くこと ー 「ユーは、正月、どう過ごす?」。今年も聞いてみました。 ー 「どっこも行かん」が99%。「家族で主人(夫)の実家に行く予定」が一人。ただ実家と言っても、お隣りの兵庫県だから、日帰り。ムムム・・。

 

 まあ、聞いた人たちのほとんどが高齢者だから、積極的に出歩けなかったり、コロナ感染を警戒したり、遠くで生活する子どもたち一家が帰省で帰ってくるのを受け入れる側であったりで、正月だからと言って動き回れない状態なんでしょう。

 

 私も現役時代は、正月と言えば、妻の実家や自分の実家に帰省し、グダグダ過ごしたことを思い出します。帰省すると、とくに妻の母など、われわれが到着すると、ウェルカムドリンクと茶菓を出し、食事の用意(それもご馳走!)をし、風呂をわかし、寝床を用意し、孫の相手をし、家事は一切しない夫の世話もしと、それこそコマネズミのように動き回っていました。その間、妻も私もテレビを見てダラ~ンとしている。妻の母は、典型的「戦前型良妻賢母」でした。

 

 正月という、国民的休日に「どっこも行かん」高齢者。世界ではどうなのか。海外でも高齢者というのは、バカンスの時季などでも自宅でじっとしている、あるいは子どもたちが帰ってくるのを迎えるために、自宅待機しているのか。そして、子どもたちが帰ってきたら、とくに女性はまるで家政婦さんのように、きりきり舞いの来客の対応をしているのか。

 

 戸井十月という人が、世界中をバイクで走り抜けた記録を何冊かの本にまとめたものを、ANA時代のR・K先輩からいただきました(R・K様、本当にありがとうございました)。これを読んで思ったのは「世界の高齢者は、とてもアクティブだ」ということ。

 

 バイクでタンデム(二人乗り)で、ユーラシア大陸を横断している夫婦、アフリカ大陸を車で縦断している夫婦、アラスカからパタゴニアまで馬で旅している(3年半かかるそうです)熟年紳士・・。 その他、いろんな旅する人たちが描かれています。

 「戸井、死ぬまで旅を続けろよ」と声をかけてくれたアメリカ人も、かなりの高齢の旅人だったし、そもそもこの本の筆者・戸井さん自体、私より高齢の人。

 

「トシやから無理せん」「自分がコロナ感染を広げるようなことをしたらアカン」「べつに行きたいとこないし、どこも混んでるやろし」「子どもらが帰ってくるから」。まだまだ元気で動き回れるのに、ガマンして行動を控える。子や孫のために自らのやりたいことを抑える。そうこうしているうちに、精神的にも肉体的にも退化して、本当に動けなくなってしまう。 

 

 なんだか日本の高齢者はさみしい老後を送っているような気がします。

 

 その背景には、高齢者=生産性がないくせに、高額の年金をもらって(この「もらって」という表現も気に食わない!)、ヒマなゴクツブシという、日本独自の高齢者に対する偏見が、政府や財界からマスコミを通じて現役世代に広げられていて、それが国民の中に、かなり浸透している。 そのため高齢者が遠慮しながら生きているように思えるのです。しかし・・・ 

 

 生産性がないどころか、先進国の中ではダントツに就労しているのが日本の高齢者。高額の年金? ハアッ、どこが? 日本の年金受給者の平均月額は約8万円だそうです。女性の場合5万円。これのどこが高額だ! 無年金者も多数いる。ちなみに日本よりずっと貧乏な国でも、無年金だけは生じないような制度を作っている国はたくさんあるゾ!。

 

 ヒマ? ヒマどころか、過労死しそうな働きをしてるぞ! 過労死した70才代の高齢者もいる。

毎年毎年切り下げられる年金。介護保険料は値上げ、後期高齢者医療費は倍増。そこへもってきて戦争準備のため、さらに増税の話。もうひど過ぎて血管が切れそうです。高齢者をなめんな!

 

 高齢者が「正月は富士山頂でご来光を拝む予定です」「温泉巡りするつもりです」「仲間で梅田で豪華にディナーするで」「コンサートに行きますねん」などがあたりまえの年末年始が送れたらなあ、と思います。

 

 

 

 

大阪じじい報告=221209  老朽化

すっかり寒くなりました。急に寒くなると、血圧が急上昇したり、カゼをひいたりと、体調を崩す人が多いようで、デイケア利用者のお休みが増えます。じつは私も、あまり調子がよくありません。

 

 先日も報告した通り、バイク転倒防止動作により左手首が痛い。特にこれといった理由はないのに右ひざが痛い。左右の肘が痛い。朝いきなり立ち上がると腰が痛い。つまり痛いところだらけです。日本人が寝たきりになる一番の要因は、整形外科的要因だそうです。痛いところだらけの私、完全に予備軍。いやな感じです。

 

 人間の軟骨の賞味期限(?)は、だいたい60年くらいだそうです。だから還暦前後になると、あちこち痛いところが出てくるのでしょう。人間も飛行機みたいに、関節をグリスアップしたらいいのでしょうが、そうはいきません。

 

 歳をとって、あちこち不具合が発生するなかで、JA8159という飛行機のことを思い出しました。ANAのB747SRの最終号機です。リタイヤ直前は、もう不具合のオンパレードでした。

 

「スカイビジョンの画像がぼやけている」のレポートが客室乗務員からあがっても、もう無視。「客室内に水滴落下」「L1ドア、閉まらず」「ハイドロ・リーク(油圧の油漏れ)」などは可愛いもので、「ノーズギア・ベイのプレッシャー・バルクヘッド(前脚格納室の壁)にクラック」、「STR(ストリンガー・縦通材)に沿って、スキンに10フィートのクラック(背中の外板に3Mほどのひび割れ)」など、耐空性に重大な影響を与える大修理アイテムの不具合が頻発。3日飛んだら1週間ドックインというありさまでした。だから「8159が飛んでくるぞ!」とわかると、整備の事務所は厳戒態勢を敷き、B4ライセンサーの中から不具合担当者をスタンバイさせていました。その時、JA8159は約30才だったと思います。飛行機は短命ですね。

 

 飛行機という、安全性を優先し、ていねいに作られた機械でも、老朽化することにより不具合が多発する。不具合は、どこにどう出てくるかわからない。「老朽化」というのはそういうものでしょう。

 

今、原発の運転期間を「原則40年。特別検査に合格したら+20年」としています。最長60年です。おぎゃあと生まれた赤ちゃんが還暦を迎えるまでの年月です。B4SRがクタクタ、ボロボロになった期間の倍の時間。

 

 「きちんとメンテナンスするから大丈夫」というのですが、私の経験からすると、機械というのは、人間が予想しないような不具合が生じるということ。メンテで防ぎきれない不具合は必ず起きる。福島第1原発事故だって、全国でおこされている原発訴訟で「あんな津波が来るなんて、想定外」というのが東電や国の言い分です。予想しないような不具合が起こる可能性を、国も、原発を動かす電力会社も認めているのです。 

 

 なのに、ひとたび事故を起こすと、他の事故とは次元の違う大災害になる原発の運転を「イヤ~、あんなエライことになるなんて想定外。だから仕方ないじゃん」なんて態度の国や東電に対し「バカモン! オマエらに原発を運転する資格はない! 少しは反省しろ!」と叱りつけるべき原子力規制委員会がこのたび、こともあろうに、原発の運転期間を、最長60年をさらに延長する提案をしているそうですね。「原発を運転していない期間は、延長期間にカウントしない」というもの。

 

 飛行機なんか比べ物にならない高温・高圧の巨大プラント。そいつをゼロ・トレランス(一つの誤りも許されない)で運転しなければならない。ヘタをすれば、福島第1の二の舞。「ちょっとムリやろ、アカンやろ」と思います。なのに「平気平気。いけるいける。いや、もっと運転期間、延ばしなはれ」の規制委員会。何が”規制”か!

 

 歳をとると、不具合が多発してつらいものです。若い頃は、年輩の人が、あっちが痛いこっちが痛いといっていたのを聞くと「ケッ、年寄りが。たるんどるからや」などと思っていました。だけど今は、他人のつらさを理解できるようになりました。そういう点では、歳をとることで、ちょっと人間的にやさしくなったように思います。 

 

 

 

 

 

大阪じじい報告=221128   今だけ...

箕面の山は、いまが紅葉の盛り。主要道路のわきに「箕面の滝、勝尾寺へはシャトルバスをご利用ください」という看板がたくさん掲示されています。国定公園と西国三十三所札所の寺院という観光名所だから、この紅葉の季節は土曜・休日は、いたるところで渋滞が発生します。「マイカーは置いておいてバスで」ということですが、みなさんやはりマイカーを利用し、そして大渋滞になります。 

 

 紅葉でモザイク模様のような山が近いというのは、ながめはいいけど、渋滞だけはイヤですねえ。この大阪北部・北摂地域というのは大阪平野の北端にあたり、山岳地帯へのとっかかり。わが豊中の北部も”山”ではないが、本当に急坂ばかり。そう、横浜みたいですね。 

 

 先月、バイクを停め、サイドスタンドを立ててバイクから離れたところ、バイクがユ~ックリ動き始めました。急坂なので、サイドスタンドを立てただけでは安定しないのです。 

「アッ! いかん!! 倒れる!」と思って、サッと手を出しバイクのハンドルをつかみました。 左手に倒れかかるバイクの重みがかかり、手首に小さな痛みが走りました。 

 

 その後、ほとんど気にも留めてなかったのですが、翌日から左手首が痛みだしました。手首をひねると痛い。骨は大丈夫ですが、どうやら筋を傷めたようです。で、今もまだ痛い。バイクは、真直ぐ立っているときは、ほとんど重みを感じないのですが、傾き始めると、どんどん重くなってくる。 私のバイクのような重量100kg以下の小さなものならまだしも、ビッグバイクなど、ある程度以上倒れ始めたら、ヘタに支えようとしたらかえって危険。レバーやミラーが壊れないことを祈りつつ、逃げるだけです。

 

 バイクのタチゴケだけでなく、物事、何でもそうですね。不具合が小さいうちは修正がきく。しかしある限界を越すと、もう元に戻らない。

 

 COP27が閉会したようです。それなりの合意は得られたようですが、大きな前進とはいいがたいのでしょう。地球上の全生命が危機に瀕している。地球環境が倒れかかっている。もう、ひとつの国の力では元に戻せない状態まできている。みんなで力をあわせ、倒れかかった環境を元に戻そう、という段階になっている。にもかかわらず、まだ「経済への影響を考慮する」などという。「軍事費を2倍にして、戦争に備える」という。情けない! 

 

 子どもや孫、いやそれよりさらに長い目で、地球や人類の将来を客観的に見る事ができない。「自分だけ、今だけ、カネだけ」しか頭にない。資本主義という社会体制の限界を感じずにはいられません。 

 

 路地裏でバイクをくるりと方向転換させるとき、手首が痛いので、できるだけハンドルに力を入れないよう、「ハンドルで曲がる」のではなく、身体全体をひねって、ヒザを深く入れて曲がるくせがつきました。 

 おお! これって「リーンアウト」そのもの。70歳近くになってオフロードライディング必須のテクニックが身に付いた! 怪我の功名。

 

 

 

 

大阪じじい報告=221119  夕暮れ時は

日没が早くなってきました。

 一日のデイケアのプログラムが終了し、利用者の方を各自宅へお送りする送迎車はわが施設では4コースに分かれ、16時前に出発する便と、17時頃出発する便があります。17時頃になると、外はもう薄暗くなっています。利用者の方の多くは、外が暗くなってきたことに不安を感じ、早く帰りたい気持ちが強くなってくるようです。

 

 「私、いつ帰れるんですか・・・」と何度も何度もスタッフに聞く人、勝手に送迎車に乗ろうとする人、「帰りましょ! 早よ帰りましょ!」と叫びはじめる人、泣き始める人。それまで平然としていた人も、周りがざわついてくると、落ち着きがなくなってきます。デイケアフロアー全体が騒然としてくる夕暮れ時です。

 

 ヘッドライトを点け、送迎車は夕暮れ時の街中へ出発します。最近私は、老化現象によると思われる視力の衰えを自覚し始めました。暗がりで、ライトに照らされた景色が、なんとなく”平面的”に見えるのです。実際の景色がモニターの画像のように、立体感が感じられない。広い道なら、それでも問題ないのですが、狭い路地裏では壁と車の間隔が判りにくいのです。 

 

 まだこれが原因でぶつけたりしたことはありませんが、この状態がもっとひどくなったら、この仕事は辞めざるを得ないなあ、と思っています。こういう夜間見えにくくなってきた時間に、小さな子どもたちが下校してきます。学童保育の終了時刻です。 

ヤツラは元気です。遊びながら、ふざけあい、集まって何かを話し合っていたかと思うと、いきなりダッシュしたり隠れたりします。予測不可能。本当にコワイ存在です。

 

 デイサービスの送迎車などは、疲れたお年寄りを乗せているからノロノロ運転ですが、ほとんどの車は、夕方の気忙しい時間帯でもあり、いらだたしくビュンビュン飛ばします。子どもが走り回っているすぐ横を「バオ~ン!!」とカッ飛ばしていきます。ほんの0,5m0,5秒ずれたら子どもは「あの世行」のスリルとサスペンス、路上のハラハラ活劇が展開されています(これじゃあ、事故が無くならないのは当然ですよ)。

 

街中に交通事故防止を呼びかける看板が、あちこちに掲げられています。「とびだすな。クルマは急にとまれない」と。この看板は、子どもに対し「車に気をつけること」をよびかけています。しかし、本来気をつけるべきは大人の方なんです。「飛びだすな。子どもは急に止まれない」とするべきでしょう。

 

 今、わが豊中市では、六つの小学校、二つの中学校を統廃合して、二つの小中一貫校を建設中です。少子化により子どもの数が減少している、というのが一番の理由です。だけどそうすると、これまでのような「身近に、小さい学校がある」ではなく、一校当たり広~い校区になるわけです。当然、長い通学距離を、子どもたちが歩いて通学することに。今の季節のように、薄暗がりの中、小さな子がテクテク歩いて帰らなければならない。 

 

 通学距離が伸びて、子どもたちが交通事故や、あるいは事件に巻き込まれる危険性は父母のあいだからあげられていたのですが「地域全体で子どもたちを見守って、安全に通学できるようウンヌン」と精神論。まるで美談か他人事のように言う市当局。 

 

 学校が身近になければ、若い子育て世代の人たちが住みません。年寄りばかりの街になってしまうのではないか。「少子化? アッ、そうですか。じゃあ、子どもに関する予算、減らします」といってたら、少子化は止められず、やがて街は衰退してしまうではないかと思います。

 

 

 夕暮れ時というのは、なんとなく寂しい、もの悲しい雰囲気が漂います。だけど、残光に照らされた街はあかく染まり、とても柔らかい感じがします。人生の「夕暮れ時」もそうです、かね。

 

 

 

大阪じじい報告=221027  「文化の日」を前に

箕面には、西国街道、刀根山街道など、いくつかの旧街道があります。街道沿いには、古いたたずまいの家屋や神社仏閣がたくさんあります。うねうねと曲がりくねりながらも、どこまでも細い道が続いていきます。道沿いに神社の秋祭りのノボリが、たくさんはためいています。神社の境内から、笛や太鼓のおはやしが聞こえてきます。法被を着た若い衆や子どもたちが、山車の周りではしゃいでいます。年輩のオヤジさんたちも、若者や子どもたちに、なにやら訓示をたれています。

 

 今年の豊作を祝い、神に感謝し、来年も豊作であることを祈る。農業が中心の昔は、生産や生活と祭りは、切実につながっていたでしょう。

 

 しかし田畑はほとんど宅地化され、人々の多くがサラリーマンと化した現代、祭りはただの文化行事で「生産性のない無駄遣い」ということになります。けれど、みんな楽しそうに、祭りに興じています。

 

 山車が繰り出すと、その道はしばし通行止めです。デイサービス送迎車の運行と重なると大変。だけどた~くさんの人たちが掛け声をかけ、綱を引き、太鼓のドン!ドン!ドン!という腹に響く音が徐々に高まり、やがて本体の山車がヌッと現れる。送迎の運行時間の遅れを忘れさせてくれる、気分の高まりがあります。

 

 しばしの通行止めで立ち往生しているわが送迎車ですが、車窓から山車をながめながら「小学校5年にならんと、太鼓たたかしてくれへんね」と、めったにしゃべらない高齢の利用者の人が、懐かしそうにつぶやきます。 

 

「生産性のない無駄遣い」のはずなのに、なにか心躍らせるものがある。こういうのが「文化」といえるのではないですかね。

 2016年、酵母のオートファジーの仕組みで、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅東工大栄誉教授が インタビューで語っておられました。

 

▶▶▶▶▶▶

日本は「科学技術」という言い方をする。「科学技術」というと「科学の成果を活かし、何かに役立てる」という意味になる。そのために国は、大学に交付金を与える。逆に言うと、役に立たないものは研究価値がない、交付金は出さない、となる。しかし本来「科学」と「技術」は別物なのだと思う。 

「科学=発見」、「技術=発明」だ。「科学」は、未知に対する好奇心が基本にある。「この先に何があるのか」というワクワク感だ。オートファジーの仕組みを発見した時、私はものすごく興奮し、うれしかった。しかしこの研究結果をまとめ、論文として発表するまでに4年かかった。 

もし今の日本のような「すぐ役に立つ研究」ばかり追い求められていたら、オートファジー理論は完成させられなかっただろう。「科学」はすぐに役立つものではない。「科学」する喜びこそ大切。「科学」は「文化」なのだ。

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 大学への交付金の額が、その研究内容が企業や軍事に、すぐに役立つかどうかで決められる日本の現状。科学する喜びに支えられた基礎研究を長く続けようにも、研究費が乏しいため出来ない。

 

 長い目で将来を見据えた正規の研究員を雇えず、期限付きの非正規ばかりを雇う。しかし研究費が底をつき、いま、大量の研究員の解雇が生じようとしているそうです。これについては、世界的に有名な科学誌「ネイチャー」でも、日本の若手研究員の大量解雇問題を特集しています。すばらしい音楽も絵画も、見ても聴いても一銭にもなりません。けれど何百年経っても、人の心を温かくしてくれる。文化というものはそういうものでしょう。 

 

「科学は文化であるべきだと思う」「研究費欲しさに大学が民間企業の下請けに成り下がってしまったら、いよいよ大学の研究力は低下する」「自分の意にそぐわないからといって、ろくに理由も言わず、学術会議の会員任命許否など、論外だ」。大隅氏の弁です。

 

 

 もうすぐやってくる「文化の日」を前に思うことです。

 

 

 

大阪じじい報告=221014  マイナンバーカード

先日、用事があって、久しぶりに夫婦で公共交通機関を使って上京しました。妻は交通系ICカードを使って、電車もバスもスイスイ通り抜けていきますが、私はICカードを持っていません。いちいち「え~っと、蛍池まで、なんぼやったかな・・」と頭上の料金表をながめ、「おっ、160円か」と、おもむろに小銭入れを出す。 

 

 最近の券売機って、なかなか複雑ですね。切符を買うのか、ICカードをチャージするのか、領収書がいるのかいらないのか、選択を求められる。相互乗り入れの線など、途中からどの鉄道会社になるのかなど選択しないといけない。目的地がどの鉄道会社の路線なのかわからないと、画面が次に進まない(京急の羽田空港の券売機の前で、何人もの、上京してきたと思われる人たちが、アングリと口を開け、上の方に掲げられている料金表を見上げていました。首がだるくなるでしょうねエ)。

 

「早よしなさい! 電車来たよ!」と妻が急かす。急いで券売機にお金を入れようとして、10円玉を入れ損ね、10円玉が床を走る。「アッ!」といって、転がる10円玉を追っかける。この時、ちょっと恥ずかしい・・・。

 慌てると、ツルツルの床の10円玉がなかなか拾えず。モタモタしている間に電車が行ってしまう・・・。 「もう! ホンマに! アンタがぐずぐずしてるから10分損したわ!」「すぐ(次のが)来るからええやんケ!」と、ホームの端でプチ夫婦喧嘩をしてしまう。 

 

 昔のように、駅員さんが発券してくれたら、要らぬケンカもしなくていいのです。昔は、駅でも、銀行でも、郵便局でも、お店でも、飛行機でも、お客はお金を出せば、ぜんぶ職員が手続きをやってくれたのに、今は全部、お客様にやらせる。そのくせ手数料などとっておいて、「よりいっそうのサービス向上に努めてまいります」などというポスターを貼るにいたっては、けしからんことこの上ない!

 

 私が交通系ICカードを持たないのは、まだたくさん残高が残っているものを2回も紛失した経験からです。ちなみに、ガソリン割引カードも2回、運転免許証を1回紛失しています。どうも私は、この手のカードを、きちんと管理する能力に欠けるようなんです。そんな”カード管理能力欠如

人間”に対して、恐るべき方針が政府から発表されましたね。 

 

 マイナンバーカードに、健康保険証や国家資格証明書など、すべて結び付け、マイナンバーカード1枚で運用するという。「お得です!」と、何兆円もつぎ込んだのに、みんな乗ってこない。みんな別に必要と思わないからでしょう。「こうなりゃ、マイナンバーカードがなければ何もできないよう、実質的に強制的にマイナンバーカードを作らせてやるんだ」ということです。

 

▶何で、そこまでしてマイナンバーカードを作らせるのか。こんなことまでしてカードを作らせて、いったい誰が利益を得るのか。 

▶もしカードを紛失したら再発効まで12カ月かかる。その間、医療費は実費、そして運転できない。運転手をしている私など失業です。

▶これがうまくいくと、次は銀行口座やクレジットカード、年金手帳などともリンクすることも有りうる。こんな極めて個人的な事項が流出したらど

 うなるか。

▶そもそも「心配いりませんよ。強制ではありませんから」といって始めたマイナンバーカードではないのか。

 

 もし免許証と結合されたら、膨大な個人情報を納めたカードを、いつでも尻のポケットに突っ込んで仕事しなければなりません。無くすのではないかと絶えずそちらに気を使って運転していたら、本業の運転がおろそかになり、事故を起こしかねない。 

本当にとんでもないことを考える政府です。

 

 

 

 

大阪じじい報告=220928  sheddingしたまま

わが家のテレビが故障して映らなくなりました。そもそもほとんどテレビを見ない私にとっては、さほど苦にならないのですが、テレビっ子の妻は大きな衝撃を受けています。

 ただ、最近は、ドラマなどはネットを通じて見られるようで、妻はパソコンにかじりついて、それを見ています。しかしそうすると、我が家に1台しかないパソコンが妻に占拠され、今度は私が困る状態です。

 

 そんなわけでホットな情報が入手できない私。新聞は相変わらず「もうすぐ参院選挙」「戦争か平和かが問われる大切な選挙」なんていう”周回13周遅れ”みたいな日付のものを読んでいる私。

 

 職場での会話は「〇〇さんが施設に入所しはったそうや」「新規の利用者さんの家、たいへんやで~。道、狭い狭い!」「ヘルパーの□□さんがケガで当分休むって」「え~、また忙しくなるやん!」などという、仕事に直結する話ばかり。だから、安倍さんの「国葬」やってたのを忘れとった・・。

 

 台風が二つ、連続してやってきました。静岡県などでは大きな被害が出て、大変な状況のようですが、大阪では、さほど大きな被害はなかったようです。「過去に経験したことがない災害発生の可能性」などと気象庁が発表したのを受け、数年前、強烈な台風で長時間停電し、電気はもちろん水も出なくなって散々な目にあった記憶がよみがえり、バスタブに水をはって停電に備えましたが、無事でした。

 

 都市部において、電気というのは本当に絶対になくてはならないものです。街全体が電気を使用することを前提に設計されています。停電した真っ暗な街。真っ暗なコンビニ、見たことないでしょ。コンビニのドアに手書きで「臨時休業します」の張り紙。冷凍庫、冷蔵庫の中身は全部パーでしょう。真っ暗な店の中から、オーナーのうめき声が聞こえてきそうです。

 

 これも数年前、北海道で地震により「全道ブラックアウト」という事態が発生しました。北海道のほとんどの地域をカバーしていた苫東厚真火力発電所が地震により停止。残った発電所に負荷が集中、オーバーロードに陥り発電停止、のようです。人間で言えば、一番力持ちで頑張って仕事をしていた人がケガでダウン。残った人にものすごい仕事量が集中、その人たちもダウンしてしまい、ついに事業がまわらなくなったという感じでしょう。

 

 飛行機の場合、主発電機が故障してしまったら、シェディングといって、飛行の安全性を確保するうえで、さしあたって不要なシステム、たとえばギャレー内の機器(コーヒーメーカーやオーブンなど)への給電をストップして、安全に飛行を継続するようになっていました。「無事着陸するため、ちょっとの間、機内サービスを我慢してちょうだい」という発想です。

 

 「経営危機」になると、企業はすぐ人間を「シェディング=リストラ」します。「全道ブラックアウトのような、会社全体が潰れてしまう事態を防ぐためだ」として、従業員のクビを切ります。切られるのは、切りやすいヤツラー非正規労働者、会社への負荷の大きいヤツラー下級管理職、基本給の高い高齢者、切りたいヤツラー自分の考えを持っている、会社方針に素直に従わない者など。

 

 ただ、飛行機のシェディングと企業のリストラの大きな違い、飛行機の場合は不具合が除去されたら「さっきはごめんね。またいっしょに働こうね」とシェディングされたシステムは元通り復帰します。しかし企業のリストラは、いくら業績が良くなっても、クビ切った労働者を戻しません。 というか「大もうけ体質」を、リストラを機に作ろうとしているように見えます。

 

 akatsuki webで報じられている「グループ労働者9000人削減計画」とやら。何ですか、この数字! 大規模シェディング。これだけ減らせば、ちょっとサービス面が低下する、では収まらないのではないでしょうか。正常に仕事がまわるのでしょうか・・。へたすると全道ブラックアウトですよ。

 

 リストラの根拠も、正当性も、公平性も、労働者との話し合いもきちんとなされているのでしょうか。きちんとした働くルールの乏しい日本の労働環境に甘え、企業は好き勝手に労働者をシェディングする態度、悔しいですね。

 

 

 

 

大阪じじい報告=220917  幸せな王子

 

いきなりですが、オスカー・ワイルド著「幸せな王子」というお話があるのをご存知ですか。私は子どもの絵本で知りました。

 

 むかしむかし、あるところに、たいへん美しい像がありました。若くして亡くなった、その国の王子さまの像です。身体は金箔でおおわれ、目にはサファイア、刀の柄にはルビーが埋め込まれています。人々はその像を「幸せな王子」像と呼んでいました。

 

 ある日、その像に一羽のツバメがやってきます。季節はもう秋になろうというころ。仲間のツバメはみな南の国へ渡っていきました。じつはこのツバメ、河原の葦に恋をしてしまったのです。が、しょせんかなわぬ恋。あきらめて、明日にも南の国へ渡ろうと思って、今夜は「幸せな王子」の足元で眠ることにしました。

 真夜中、ツバメの頬にピチャッと水滴がかかり、ツバメは目を覚まします。「雨かな・・」と思って空を見上げると、満天の星空。水滴は「幸せな王子」の涙でした。

「王子様、どうしたんですか?」とツバメが問うと、王子は「ツバメよ。私は生前、城の中で楽しく暮らしていて、庶民がどんな暮らしをしているかなんて考えなかった。今こうして街を見渡していたら、多くの人たちが苦しんでいるのがわかった。

 

 真面目に働いてきたのに不当解雇された労働者、感染症の流行で真っ先に解雇されて子どもとともに途方に暮れるシングルマザー、親企業の買いたたきで苦しいのに、さらにインボイスで経営危機に直面する零細業者、米価暴落で「米作って、メシ食えねえ」と嘆く農民、年金は切り下げ、保険料は2倍化で生きていけない高齢者・・。

 

 明日、夜が明けたら、これらの困っている人たちに、私の身体の宝石や金箔を剥がして届けてほしい」。次の日からツバメは困っている人たちのもとに、せっせと宝石や金箔を届けます。

 やがて秋はすっかり深まってきます。「ツバメよ、もうこのへんでよい。南の国に渡りなさい」という王子に、ツバメはしばらく思案したのち「目玉の宝石も無くなった王子さまは目が見えないでしょう。私が王子様の目の代わりになります」と、南への渡りを断念することを決意します。

 

 季節はすっかり冬になり雪がちらつく頃「幸せな王子」像は、目はくぼみ、金箔はすっかりはがれ醜くなってしまい、ツバメは寒さですっかり弱っています。弱り切ったツバメと王子が話します。「こんなに寒いのに、なんだかとても暖かく感じます」「それは、おまえが良いことをしたからだよ」。

ツバメは、最後の力をふり絞って飛びあがり、王子の頬にキスをすると、力尽きて、王子の足元に落ちて死んでしまいます。

 

 このころ議会では、すっかり醜くなった「幸せな王子」像を壊してしまう議案が審議されています。ただ、「幸せな王子」像を壊した後、新しい像を建てることになり、それをだれの像にするかで、議会がもめ始めたのです。市長や長老議員が「もちろん、ワシだ!」「イ~ヤ、わしのほうが世に貢献した!」と。

 

 安倍晋三さんの国葬に加え、今度は、汚職のるつぼの2020オリンピックの責任者、女性蔑視でクビになった森喜朗さんの胸像を建立するという話を聞き、いよいよ狂気も爛熟期に入った感の自民党を見てワイルドのこの話を思い出した次第です。

 

 

 

大阪じじい報告=220904  国葬反対

天候不順の日が続いています。一日中「スッキリ晴れた」という日がない。晴れていても、必ずいきなり、ものすごい大粒の大雨が降ってくる。ほぼ毎日、雷ゴロゴロ。

 

 大雨が降ると、気温は抑えられますが、ものすごく蒸し暑い。「秋になった」という空模様ではないですね。こういう天候不順の日が続くと・・・亡くなる人も多いように思います。私の職場の老健の利用者も、この夏、複数の方が亡くなられました。最高齢103歳のおばあさんも、8月の誕生日を過ぎた直後、お亡くなりになりました。

 

「なんかねえ、女の人は『誕生日までがんばろ』と思うのか、誕生日を過ぎたとたん、亡くなる人が多いみたい。Kさんも、Yさんもそうや。Tさんもそうやったんとちゃうかな。その点、男性はわりとあっけなく死んでまうみたいな気がする」と、あるヘルパーさん。う~ん、そうかもしれませんね。

 

 あっけなく死んでしまったのは安倍晋三元首相。私と同い年。ほんの少し前まで、死ぬことなど、本人も周りも、予想だにしてなかったでしょう。われわれだって、まだ彼とは当分の間、たたかわなければならないと思っていました。なのに彼はもういない。

 

その代り、残された者どうしが、彼の葬儀をめぐってたたかわなければならなくなっています。殺された理由が、宗教に名をかりた反社会的反共団体がらみの恨み事であるなど、はっきり言って、世間に顔向けできない恥ずかしいものです。国葬をやる、やらないでもめ、過去を暴かれるような事態になったら、もし私が遺族なら「たのむから、静かにしておいてくれ。家族葬にするから、もうこれ以上、過去を詮索しないでくれ」といいますがね。 

 

 安倍さんが、総理になって手始めにやったのが、子どもたちの内心に踏み込む「教育基本法」の改変でした。「憲法の理念=平和で民主的な社会を創る、を実現するには、子どもたちが個人として尊重され、個性豊かに成長できてこそなし得る。教育は現場が主体的に責任を持つ。行政は、金は出すが口は出さない」が基本スタンスだったのに、これを「日本良い国、清い国。歴史と伝統ある、世界がうらやむ美しい国。この国を守り発展させるための人材を作る」に変えたのです。たしか強行成立させたはず。

 

「国家は大事な情報をたくさん収集しておる。なんじ臣民、要らぬことを知らなくてもよい。いや、知ることまかりならん」と、秘密保護法を制定。これも強行成立させた。「(軍事的に)いつまでもアメリカ様にお世話になっているわけにはいかん。アメリカ様が『やるぞ!』といったら、その旗の下に馳せ参じる。これこそ国際貢献」と安保法制を制定。審議するに従い憲法違反が明らかになるので、審議打ち止め、そしていつもの強行成立。

 この他、労働者の「働き改革」の名のもと、タダ働きや過労死ラインを超える残業を合法化した労基法改悪。これも強行成立。老後の生活の糧となるべき年金を、物価が下がったら減らす、賃金が下がったら減らす、高齢化がすすんだら減らすなど「自動削減システム」に改悪。悲しいかな、これは一部のバカな野党も巻き込まれてしまったが・・。

 

 消費税を2回も上げ、結局ヤツが総理の間に税率は2倍にもなってしまった。「モリ・カケ・サクラ」といわれる行政・税金の私物化など、疑惑まみれ。で、今回の死因のもとを作った「統一協会」との癒着。

 

 国葬に対する憲法上の問題とともに、挙げればきりがないほどの悪の権化・安倍晋三氏には、国葬にする資格はないと私は断言します。

 

 

 それを「国民全体で弔意を表せ」など、「アホぬかせ。何を考えてまんねん」ですヨ。

 

 

 

大阪じじい報告=220818  トンボ

去年もそうでしたが、お盆過ぎのこの時季、大阪では雨が激しく降っています。ここ大阪北部では大雨洪水警報、京都では竜巻注意報まで出ています。北日本では、災害もかなり起こっているようです。

 

 本来、お盆過ぎといえば、良い天気が続き、まだ暑いけれど、日暮れが早くなり、夕暮れ時など、なんとなく秋の気配が出始める、という時季なんですが、まるで梅雨末期のカミナリ&集中豪雨です。どうなってるんだ・・。

 暑いけれど、うるさいくらい鳴きわめいていたセミがいなくなり、代わって虫の音が聞こえるようになる、そしてトンボが飛び交い始めると「ああ、夏も終わりやなあ・・」と感じます。 

 

 「トンボ」で思い出すことがあります。

 

 福岡勤務時代。定年直前の秋ごろでしたか。あわただしく終えた飛行間点検。「SHIP、特に異常なし」。LOG SIGNも終えた旅客案内前のつかの間のホッとする時間。L1ドアに接続されたボーディング・ブリッジから、ぼんやりウィング上面を眺めていました。 

 

 どこからともなく一匹のトンボがスイ~ッと飛んできました。 

 

 トンボは、B6の広いWING上面を、スイ~ッ、スイ~ッと数回行ったりきたりしたあとホバリング。と、シッポをWING上面にタッチします。少しス~ッと移動してまたホバリング&シッポをWINGにタッチ・・・。「あいつ、何をしてるんや・・・」と思いました。「産卵」していたのではないでしょうか。 銀色の広いWINGを「池」と勘違いして・・。

 

 そんなところに卵を産み付けても、水ではない。卵はかえらない。あと10分もしたらSHIPは出発する。音速に近いスピードで、ー50℃の上空を飛行する。間違いなく卵は全滅でしょう。

 トンボというのは世界で6000種類くらいいるそうです。しかしその2割くらいが絶滅危惧種になっているという。なぜ絶滅の危機に瀕しているかというと、一番の理由は「水辺の消失」らしいです。

 

 トンボが育つためには、池や沼、水田などの水辺、それも草や木、土がある自然豊かな水辺が必要です。 そんな手つかずの水辺が、ものすごい速度で消失しています。トンボの生育域が無くなりつつある。

 「トンボがいなくなったからといって、べつにどうってことないだろ」と思うかもしれませんが、トンボというのは、昆虫の中では、食物連鎖のかなり高いところにいて、幼虫時代でも成虫時代でも、害虫をバリバリ食う「益虫」らしいです。とくに蚊を好んで食べるそうで、幼虫時代はボウフラを、成虫時代は蚊を食べる。トンボがいなければ、蚊が増え、また訳のわからない伝染病が、蚊を媒体にしてまん延する可能性があるといいます。

 

 COVIT-19(いわゆる新型コロナ)パンデミック直前、WHOが「人間の経済活動が、今のまま続くと、生態系を狂わせ、伝染病がまん延する恐れがある」と警告を発しました。伝染病をまん延させる「経済活動」の主たるものは自然破壊です。森を切り倒し、海も池も沼も埋め立て、自然の川や湖の堤をコンクリートで固め、水を汚し、空気を汚し、プラスティックで海を汚し、気象状況まで変えてしまう。 

 

 生体系のメカニズムというのは、5億年もの時間をかけて、地球が、改良に改良を重ねた、ものすごく複雑なもの。あまり解明されていない分野らしいです。それを、さも知ったかの如く平気でつぶしていく。それも一部の人間の私利私欲のため。あまりにも浅はかな行為ではないかと思います。 

 

 「これ以上、気候危機をすすめてはならない」という声に対し、「ではどうするんだ? 大昔の原始時代に戻れというのか!」という反論がネトウヨ(実態は財界ですがね)などからあがっています。これに対し、気候危機デモに参加した若者が掲げていた、手書きのプラカードが一番ストレート。「どうしていいのかわからないなら、これ以上地球をつぶすな!」。

 

 「トンボがこの世からいなくなったら、どうなるか」は、よくわからないのです。大切なのは、生態系のなかで、トンボがどれだけがんばっているか正しく評価すること、そのがんばっているトンボと、人間がこれからも仲良く付きあっていく環境をどう守っていくか、であると思います。

 

 

 飛行機のWINGに産卵しなくてもいい環境を残さなくては。 

 

 

 

大阪じじい報告=220803  「たたかう」ことで

帰省の時期が近づいてきました。ただ、娘も息子も、帰省するかどうかは「コロナの様子を見て」といいます。「そんなもん、帰省しようがしまいが、感染する時はするんじゃ。なにが恐いねん!」と私が言うと、「コロナが恐いんじゃない。大阪に帰省して、コロナをもらってきたら、会社で何を言われるか」と。特に製薬会社勤務の娘は気を使ってます。 

 

 しかしいつも思うのですが、コロナ感染は、時と場所を選びません。なのに、たとえば地元で感染したら文句を言われないのに、帰省地で感染すると怒られる。 なんで?  みんなが帰省せず、地元にとどまっていたら感染はしないとでもいうのでしょうか。

 

 そもそもコロナ感染したら「大丈夫? 早く治ってね」と労わられてしかるべきでしょう。なんで”怒られる”のか。これだけ医学が発達した21世紀に、もう3年も経つのに、まだ「エライコッチャ、エライコッチャ!」「動くな。ジッとしていろ」と3年前とまったく進歩していない政府の方がおかしいと思いますがね。

 

 ところで、わが子3人、いずれも共通しているのが、転職していること。長女は職場の上司によるパワハラが最大の理由。そのため一時、軽いウツ状態になり、神経内科に通っていました。転職後、回復しましたが、今でもかつての会社があった静岡県で、大雨や地震などの災害が起こったというニュースを見ると「ざま~見ろ!」などと口にします・・・。

 

 長男、次男とも、転職の最大の理由は「長時間労働」。長男の職場は、自発的「研修」の名のもと、昼の休憩時間や勤務終了後、仕事の「自発的研修」が毎日あったそうです。もちろん「自発的」だから手当などつきません。

 次男の職場は「残業時間は120時間/月までしかつけない。それ以上はサービス」というオッソロシイ労働時間。20代の若者にとって、自分の時間などほとんどない、という状態はかなり残酷です。

 

 こういうひどい職場実態の中、わが子らに、これまた共通しているのが「たたかって改善していこう」という意識が皆無だということ。「こんな職場を選んだ自分が悪い」「いやなら辞めて、他に行く」と言う発想です。しかしこの発想は、なにもわが子だけではなく、今の若い人たちの共通した認識のようです。背景に、労組がない、あるいは、あってもほとんどただの親睦団体になっている、からです。

 

 そんな世の中で、JALKLM、エミレーツなど「不当解雇撤回のためにたたかう」なんてことは、本当に大変で、しっかりした理念や根性のいることです。当事者を始め、それを支える仲間の、のたうち回るような努力があってこそ、たたかいつづけられるのでしょう。

 

 今回のJALの「争議解決」のニュースは、かなり唐突感を持って知りました。解決の条件や内容についてはコメントを差し控えたいと思いますが、今回の解決の条件、内容は、日本における労資の力関係を表しているものと思います。ここまでたたかってこられた当事者、支援した仲間にご苦労様と言いたいし、今後も引き続きたたかっていくという被解雇者組合の人たちへの支援は続けたいと思います。

 

 恐ろしいような暑さの中、全国には「不当解雇撤回」でたたかっている無名の労働者がたくさんいます。こういう人たちこそ、本当に「強い人間」だと思います。頭が下がります。多くに人たちによる直接的な支援とともに、こういう理不尽な解雇は許されないような社会を創っていかなければと思います。

 

 

 

 

大阪じじい報告=220723  気をつけること

皮肉なことに、梅雨明け宣言が出されてから、雨の日が多くなっています。シトシトと降るのではなく、黒雲がやってきたかと思うと、ザーッと降る。と、ほどなく晴れ間が見えて、ものすごく蒸し暑くなる、というパターンが多い。いま晴れていても、長時間外出するなら、洗濯物を外に干せない、いわゆる梅雨末期の状態です。

 

 晴れたと思ったら大雨、高温多湿。それについていけない。なんだか体調がよくありません。歳だなあ・・・。

 先週、雨の朝、マンションの廊下で大転倒しました。某新聞の早朝配達中でした。廊下は、ツルツルの大理石(みたい)。それが雨でぬれていたのです。真横に、ダ~ン!とひっくり返った。しばらく息ができなかった。だれもいない冷たい廊下に横たわりながら「あ~、こりゃ、骨折したな・・」と思いました。だけど痛いが、そろそろと、なんとか立てた。歩くことも出来た。ビッコをひきながら新聞配達を続行しました。 

 

 その後、日常生活は送れていますが、まだ痛い。廊下に打ちつけた左骨盤部分が痛くて、左を下に寝転べない。ただちょっと不思議なんです。強打した部分は腫れてコブになっていますが、青あざがない。まったく普通の肌色。もっとむらさきいろに腫れあがるかと思ったのに、普通の色。どうなっているのでしょう。歳のせいですかね。

 

 暑くなってきて、セミがワシワシと鳴き交わしています。大阪・豊中では、今年これまでのところ、最高気温は38℃超。そんな中、デイサービスに来られるお年寄りのほとんどは長袖の上着を着用しています。特に車椅子利用者は厚着の人が多く、長袖のブルゾン、手袋、毛糸のひざ掛け、毛糸の帽子と、もう見ているだけでこちらも汗が出てきそうなかっこう。

 

 デイ到着後、帽子と手袋、ブルゾンは脱がせます。ヘルパーが脱がせた上着と帽子をハンガーに掛けるため受け取ると、グッショリ濡れています。大汗をかいているのです。利用者の高齢者、「暑い」と感じないのでしょう。「暑い」と感じるセンサーが鈍くなってきていることによるもののようです。身の周りにこういう高齢者がおられたら、気をつけてあげる必要があります。 

 

 また同時に、デイサービスに来られる人たちは「これぐらいの暑さで暑いなんか言うてたら、生きていかれへん」というガマン世代の人たちでもあります。「こんな暑さ、平気や」と、エアコンも利用せずガマンする人も多いのです。

 

 かくして、毎年お年寄りが熱中症で亡くなります。ただ最近の暑さは、むかしの暑さとレベルが違います。ガマンできない命にかかわるレベル。体温調整機能が衰えてきている高齢者こそ、「エアコンなんて贅沢」などと言わず、ムリせず、やせ我慢せず、快適な環境を作らなければならないと思います。そのためにも安心してエアコンを利用できる環境 ー 再生エネによる発電、充実した年金、住宅環境 ー が必要です。

 

 わが老健の送迎車中の最古参車が、この8月でリタイヤします。約21万km走っています。21万kmといっても、長距離や高速道路など走らず、少し走って止まって、右に曲がって止まって、路地裏に入ってバックして・・・を繰り返しての21万km。アイドリングでのエンジンの振動が大きく、エアコンをつけてたくさんの利用者を乗せて坂を上がると、エンジン回転が上がらない。エアコンの効きが悪い。燃費が悪い。エンジンオイルが少しずつ漏れる。だから時々、オイルを継ぎ足さなければならないなど、かなりくたびれています。

 

 だけど反面、最新鋭の送迎車に比べ、エンジンレスポンスがクイック。ミッションもCVTではなくATだから、きびきび走る。まあ、デイサービス送迎車にきびきび走ることは求められませんが、運転していて小気味よい。こうしてみると、現代車は安全で低燃費なんだろうけど、おもしろくない性能になっているのですね。 

 

 人間もそうかもしれません。

高齢化のなか、暑さに負けず、暮らしていきましょう。   

 

 

 

 

大阪じじい報告=220712  むかしと今

 選挙では、応援する党はふるわなかった。

むかしは、自分もその党も元気で、勝ったり負けたりしつつも、長い目で見れば伸びていたけれど、このところアキマヘンなあ・・・。自分も党もトシやなあ・・。ああ、むかしは良かった・・・。

ということで、「むかしと今」の話です。 

 

 ●バナナ

 デイサービスの運転手の一人が、病気で入院されました。いま、お見舞いに行こうにも、コロナ禍で面会謝絶のようです。むかしは病院に面会に行くさい、果物の詰め合わせみたいなものが手土産としてよく用いられていました。その中には、バナナが必ずありました。

 私が子どもの頃、バナナと言えば高級品でした。わがケチ母など、絶対買わない。ほとんど食べたことがなかった。遠足などで、昼食に、友だちがバナナを持ってきて、それをおいしそうにかぶりついているのを横で見つめていたのを覚えています。いじましいけど、食べたかった・・・。

ところが今は安い。国産のリンゴやモモ、ブドウなんかよりずっと安い。多大なエネルギーを使って、遠い南の国から運ばれてくるものだから、高くて当たり前のはずなのに安い。

 

 バナナではありませんが、チョコレートについて、こんな話を聞きました。

チョコレートの原料になるカカオの生産は、アフリカのガーナが世界一だそうです。ところが、ガーナ人の大半はチョコレートを食べたことがない、というのです。日本で1100円くらいで売られているが、それはガーナ人の購買力からすると、日本円で15000円くらいにあたるそうです。

 

「おもひでポロポロ」というアニメのなかで、山形の百姓の青年が、紅花(べにばな)を摘む人たちを見ながら「むかし、貧しい百姓の娘たちは、自分は一生つけることはない口紅の原料を、そのトゲで手から血を流しながら紅花を摘むんだ」というようなことを主人公の女性に語ります。

 

 バナナの安さの裏には、ハリー・ベラフォンテの「バナナ・ボート」の歌詞のような奴隷労働や、現地の農民に対し買いたたきが行われているのかもしれません。そのあたりをよく確かめず、ジイサンになった今、子どもの頃食べられなかった分を取り返す如く、毎日バナナを食べています。

 

●学校行事

 わが地域で、図書館を守る活動をされている後期高齢の女性の話です。

 

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 息子が通ってた中学校は、荒れてるわけではないが「元気な」学校として有名だった。むかしその息子のクラス対抗の合唱コンクールに行った。 

 確かに元気。次のチームが舞台に入場すると、客席側にいる他のクラスの連中が、歓声やヤジ、口笛などで大盛り上がり。壇上の連中も、ピースサインはもちろん、カッコつけたポーズをとったりガッツポーズを決めたりしていた。 

 それから月日がたち、息子は結婚し子どもができた。ある日、この息子の長男(知人女性の孫にあたる)の中学校の合唱コンクールに招かれて、見に行った。 

 

 「なに、これ・・・」と思った。静か。壇上の生徒たちはもちろん、聞く側にいる生徒たちも、まるで通夜みたい。あとで息子に聞いたら「壇上でも観客席でも、騒いだりパフォーマンスなどしたら減点となる。コンクールでの成績は内申書に影響する。自分一人がチャラけてクラス全員の評価に影響が出たら、ヘタしたら他人の将来に傷をつける可能性がある。だからみんなおとなしくしている」とのこと。

連帯責任、相互監視、枠をはみ出さない、これを中学でたたきこむみたい。

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 今回の選挙でも「教育とは20000%強制」「子どもの頃からバクチを教え、勝負師を育てないから、日本はオボッチャンの国になってしまった」などという維新が、「教育とは、子どもたちと教師の信頼の輪の中で、一人ひとりの個性を伸ばすこと」などという共産党から票をもぎ取り、大躍進しました。 

 今後、維新の天下・大阪のような「連帯責任、相互監視、枠をはみ出さない」社会が、全国に広がるのでしょうか。

 

 そんなことを思いながら食べるバナナは、ちょっとエグミを感じます。

 

 

 

 

大阪じじい報告=220629  たった一人で反対

梅雨が明けてしまいました。まだ6月です。大阪では、パッとしない曇天の日が何日かありましたが、そんなに雨は降らなかった。これでは水不足が心配ですね。諸物価高騰に輪をかけて、野菜が値上がりしそう・・・。 

本当におかしな天候続き。暦通りに季節が移ろわなくなりましたね。

 

 またまた古新聞ネタです(2021年9/5付 平和新聞)。伊藤千尋さんという、元朝日新聞記者の寄稿記事です。2001911日、いわゆる「911 同時テロ」のはなし。当時伊藤さんはアメリカ・ロサンゼルス支局長でした。

 

▶▶▶▶▶▶

テロが起きたのは、午前9時のニューヨークだった。ロサンゼルスはニューヨークと時差が3時間あるので、ロスはまだ6時。私は寝ていた。支局員からの電話でおこされた。支局員が興奮して「すぐテレビを見てくれ!!」とわめいている。

 

 何を騒いでるのかとテレビをつけたら、ビルに飛行機が突っ込む映像が。半分寝ぼけていたので、映画のワンシーンだと思った。が、それが現実だと理解したら、いっぺんに目が覚めた。支局に駆け込んだ。

  支局は市中心部のビルの9階、窓から外がよく見える。道路に人も車も全く走っていない。まるでゴーストタウンだ。ロスのビルにも飛行機が突っ込むというウワサがながれて、みな出勤しないのだ。

 

 テレビの討論番組を見た。「討論内容を急きょ変更します。さきほどわが国が受けたテロについて、みなさんのご意見をうかがいたい」と司会者(アメリカでは、一般参加の討論番組を、日常的に放映しているようですね)。

 

 意見の大半は「米国が世界を支配してきたことへの仕返しだ」「これを機に、過去の対外政策を反省すべきだ」など、アメリカの外交政策に対し、謙虚な主張が大半だった。

  翌日の新聞では、著名人の論評で、チョムスキー氏などの同様の意見が掲載された。私はアメリカ人を見直した。ところが、たった2日で、新聞の論調が変わった。

 

 「われわれは攻撃された。反撃あるのみ!」「今、大統領の下に団結しよう」という主張ばかりになった。テレビでは、一日中、愛国歌「神よ、アメリカを祝福したまえ」を流す。ジョン・レノンの「イマジン」は実質歌うことを禁止された。街中の建物の窓には星条旗が掲げられた。車もほとんどが星条旗をかかげて走っている。一挙に「愛国社会」に変貌した。 

 

 3日後、戦争する権限を大統領に一任する法案が、上下両院で可決された。反対したのはバーバラ・リーという黒人女性議員ただ一人だった。たちまち彼女は全米から「この非国民、裏切者!」と激しいバッシングにあう。

 

 リー議員にインタビューし質問した。たった一人で反対するのは勇気がいるでしょう?と。彼女は「別に勇気をだしたのではありません。憲法を読み直し、憲法が議員に何を求めているのかを考えて、憲法に沿って行動したまでです」とほほ笑んだ

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「選挙が終わったら憲法を変える手続きを進める」という自公政権とその補完勢力。「最後は国民が反対したら、改憲は止められる」などと思っていましたが、権力をもつ支配者が、その気になって本気で世論操作をしたら、あっという間に街の雰囲気が変えられてしまう。アメリカでさえこれです。日本のような、同調圧力の強い社会では、それこそ、いとも簡単に改憲への雰囲気が社会を覆うでしょう。  

 

改憲発議なんかできないよう、選挙で憲法を守る勢力を勝たせなければ、と思います。

 

 

 

 

大阪じじい報告=220613  車のキズなら

大阪の梅雨入りはまだ発表されていませんが、箕面にある水田には水がはられ、田植えが始まっています。そんな田んぼの周りをアジサイが彩を添えています。いかにも、日本の梅雨到来です。 

デイサービス送迎車の運転にとって雨はイヤですが、車窓に映る景色は悪くありません。そうやって、わき見をしていたわけではないでしょうが、このところ送迎車による事故が頻発しています。

 

 まあ、事故といっても、ガリッ、ゴツン、ボコッという、いわゆる「アリャ~、ちょっと当てちゃった・・」レベルの事故で、幸い人身には影響はないものばかりですが、フロアーリーダー(いわゆる責任者)は「ほんまに・・。こないだ30万円かけて修理したばっかりやのに・・・」とぼやいていました。上から責任を問われるのでしょうかね。

 

 軽い事故があった時、一応警察に連絡して、事故証明書を発行してもらいます。保険適用のためだそうです。だけど、よほど大きな傷以外、すぐには修理しません。タッチペイントで隠れる程度なら、タッチペイントが恒久処置となります。しかしエクボみたいにペコンとへこんでしまっているものや、広い範囲に傷がついてしまっているものは、車検時など、ころあいを見計らって修理します。車椅子リフターなど装備されている特殊車両ですから、修理中の代車がすぐには用意できないということもあります。

 

 飛行機の場合、外板など機体表面に少しでも傷がついたら、その傷の程度を慎重に計測し、リミットアウトしていれば、もう飛べませんでしたね。「タッチペイントでOK」なんてやったら、おそらくマスコミネタになり、責任者の首が飛ぶでしょう。それほど飛行機はシビアでした。これは、飛行機という機械の内包する危険性が高いということもあるが、その構造が車と違うからでしょう。

 

 たとえば車の場合、もし仮に、天井やカベがめくれても、エンジンと駆動系、制御系、シャーシが残っていたら、風が当たって中に乗っている人は寒いだろうけど走り続けることができます。しかし飛行機は、外板がヒンめくれたら機体形状を維持できなくなり、空力特性が変わってしまい、正常な飛行ができなくなるでしょう(B737でこんなことがあったけれど、無事着陸できたということもありましたが)。

 

 飛行機の構造は、機体構造の隅々まで、それぞれがなんらかの役割を担って一つの機体を構成しているのです。たしかに受け持つ加重の大小はあるけれど、フレームであれ、ストリンガーであれ、スキンであれ、みんなで加重を分担している。

 

 飛行機は、いかに軽く出来るかが至上命題です。と同時に、厳しい環境のもと、高速飛行に耐える強度が求められます。一つ一つは弱いペラペラのアルミの板や棒切れを、巧みに組み合わせ支え合い、全体で荷重を分担する。そうすることで軽くて強い機体が出来上がる。100年にわたる科学的、技術的試行錯誤のたまものです。主たる荷重をフレームやシャーシにお願いして、あとはさほど荷重を受け持たない車などの構とは異なる、軽くて強い構造物です。

 

 弱い者が手をつなぎ、力を合わせることで強い構造ができる。労働者の団結権は、それを社会運動に取り入れたものでしょうし、もうすぐ行われる参議院選挙での政策のひとつにある「やさしくて強い社会を」というスローガンも、なんとなく飛行機の構造を連想してしまうのです。

 

 とにかく今日も無事故で仕事したいと思います。

 

 

 

 

大阪じじい報告=220530  ジェンダー・バイアス

 akatsuki web・「職場ウォッチング」ページを見て、ANA客室乗務員の労働現場のひどさを改めて知りました。21世紀に入っての約20年間に、現職が33人も亡くなっていると。 

 

 若い女性、働き盛りの女性が中心の職場で、毎年誰かが亡くなっているなんてところが、他の業種であるでしょうか。最低賃金を下回って、法に触れるからベースアップした? なんですか、それ! もう「キツイ職場」なんてものではない。過酷、残酷な超ブラック職場ですよ。

 

 話は変わります。

「昨日、なに? いつ1点取られたん?」「あの後、9回の表で・・。ほんまに、あれやったらコールドゲームで0対0で引き分けとったらよかったのに!」。 この時期、盛り上がる「なさけない阪神タイガース」談義です。

デイサービス利用者も、職員も、ほぼ全員「野球は阪神」です。情けない試合で、負けても負けても、やっぱり阪神。「なにやっとんねん!アホか!」と怒りながらも、関西人は阪神。 

汚職をして逮捕されても、市長室に公費でサウナ風呂を作っても、学校をつぶし続けても、医療機関をつぶし続けても「大阪人なら、選挙はやっぱり維新」というのと、なんとなくダブります。

 

 そんな野球談議を、私は冷めた気分で聞いています。というのは、私は野球に興味がない、というかむしろ嫌いなのです。なんでか。 

 私のオヤジは大正生まれです。軍隊で満州に出兵した人です。戦後、阪神電鉄で労組の専従までやり、レッドパージで解雇はされなかったが、無人変電所勤めに追いやられたそうです(オヤジが配属されたから「無人」でなくなったわけか)。

そんな進歩的な面もあったが、基本的には「男たるもの、かくあるべき」という、ジェンダー・バイアスがありました。「男たるもの、強くあらねばならぬ」がベースでした。実際、オヤジは身長160cmちょっとの小柄ではあったが、筋肉のカタマリみたいな人で、短距離走、走り幅跳び、相撲など、力勝負では、自分よりはるかにでっかいやつに勝ったそうです。だから私にもそれを求めたのです。

 

 もともと、私は絵を描くのが好きでした。新聞に折り込まれた広告の裏面に、よく絵をかいていました。そんな時、オヤジは怖い顔で私をにらむのです。「男たるもの、絵など描いてどうする! 男は強くたくましくあらねばならぬ」というのでしょう。

私が子どもの頃、男の子のスポーツといえば野球でした。オヤジは私に野球のグローブを買い与え、休日はキャッチボールをします、が・・。手加減しないのです。筋肉モリモリのおっさんが、本気で投げるのです。それをキャッチさせる。ちっとも楽しくない。ただただ恐いだけ。  

だから私は、オヤジが嫌いだったし、野球も大きらいになりましたね。 

 

 ジェンダー、社会的性差の問題は、主として女性が低くみられる部分がクローズアップされていますが、ジェンダー問題は男にとっても大きな問題なのです。もしオヤジにジェンダー・バイアスがなく、私が絵を描くことを見守ってくれていたら、今ごろ私は、世界的大画伯になっていたかもしれない。なのにジェンダー・バイアスのせいで、絵を描くことを禁じられ、私はただのハゲオヤジで終わろうとしている。世界は天才画伯をひとり失ったことになる。そう考えると、ジェンダー・バイアスは全人類的な損失を生んでしまったことになる・・・というのは、チト大袈裟ですけどね。

 

 客室乗務員のひどい労働実態においても、根っこにジェンダー問題があるように思います。「安全で快適な空の旅をつくる頼れる仲間」という視点がない。「しょせん女なんて若くなければいけない」「女なんて男と結婚してこそ幸せになれる。だから一生働き続けるなんて思うな」「女なんて、あくまで補助作業」「しょせん女、使い捨て」が見える。これだけひどい職場実態は、ジェンダー・バイアスを抜きに考えられない。だから、コロナ・パンデミックで、真っ先に切り捨てられるのでしょう。

ジェンダー問題を真剣に取り組む必要性を感じます。

 

ps:オヤジの悪い面ばかりいったので、少しフォローしておきます。

旅が好きで、私をいろんなところに連れていってくれました。私の旅好きは、そのへんからきているのだと思います。私が結婚して、共働きを続けられたのは、オヤジの助けが大きかったです。保育園への送り迎え、わが子の面倒をよく見てくれた、孫からすれば「いいじいちゃん」でした。

82歳で亡くなるまで、背筋が伸びていました。池田の五月山を自転車で登る。さすが筋肉マンでした。

 

 

 

 

大阪じじい報告=220519  薄めたらいいのか

昨年この時期、埼玉に住む息子のアパートに、大阪からバイクを届けに行きました。晴れた五月の空の下の、快適な旅を予想していたのに観測史上最早の「梅雨入り」、道中ずっと雨だったことを覚えています。

 

 さすがに今年はまだ梅雨入りはありませんが、雨の日が多くなってきました。春から夏への季節の変わり目、梅雨入り近し、ということですね。デイサービス送迎車の運転手として、イヤな季節です。

 

■道路を走行していて思うこと、その①「ハイブリッド車が増えたなあ」。

もうかなりの割合でハイブリッド車が走っています。以前、レンタカーでハイブリッド車(トヨタ・アクア)を借りたことがありますが、燃費はリッター30kmは走った。純ガソリン車の半分以下だったと思います。 停車中は物音がしない。 シ~ン。交差点で停止中など不安になるくらいだけど、信号が青に変わり、いざアクセルを踏み込むと、強力なモーターでギュイ~ンとロケットダッシュ。ガソリン車のような、アクセルに対するエンジンレスポンスのタイムラグ(アクセルへの追従性の遅れ)がほとんど感じられない。静かで燃費バツグン。高加速、クイックレスポンス。 本来なら、すぐにでも乗り換えてもいい性能なんですが、しかし、どうもこいつら好きになれない。

 

 好きになれない第一の理由は、あの「キ~ン」「ヒャオ~ン」というモーター音。それからエンジンが始動しても、そのエンジン音が極めて抑えられた音であること。どうも私の中には「車とは、ブルブル、ブロロロ、バオ~ン・・と、うなるべきだ!」という固定観念があるようです。ただ、ハイブリッド車を好きになれないのは私だけではなく、世界中のようです。

 

 国連でも「2050年までのCO2排出、実質ゼロのためには、ハイブリッド車は役立たない。だから製造は中止を」という結論が出されました。なんでハイブリッド車がいけないのか、というと「たとえ排ガスが半分になっても、車の総量が倍になれば、排出されるガスの総量は変わらない」ということでした。モーターの補助で排出されるガスが薄められるだけだということです。

 

■道路を走行していて思うこと、その②「ワンちゃんのオシッコの後始末、あれは何のため?」。

最近、ワンちゃんの散歩に際し、ペットボトルや噴霧器に水を入れて持ち歩いている飼い主をよく見かけます。そしてワンちゃんが電柱などにオシッコをしたら、そこに水をサッとかけるのを見かけます。大量にかけるのではない。ほんのちょろっとかけるだけ。

 

 犬を飼っている知人に「なんで水をかけるの?」と聞いてみました。知人は「さあ・・、なんでやろね・・。においを消すためかなあ」と理由もわからず、この人もそうしているようです。ハイブリッド車といい、ワンちゃんのオシッコの後始末といい、「薄めたらOK」というのは、やはり問題の本質は解決されないということではないですかね。ただ「やってる感」をアピールすることが主目的になってしまうのではないか、と。

 

 原子力規制委員会が、福島第一原発の放射能汚染水を、薄めて海にぶちまけることを認める判断を下しました。地元はもちろん、世界中から「薄めりゃOKはあり得ない!」という批判の声も、いろんな研究機関やNGOが提案した代案を無視して。まして、ハイブリッド車にしてもワンちゃんのオシッコにしても、少なくともこれまで以上には汚染はひどくならないが、この放射能汚染水ぶちまけは、今までやってなかった放射能汚染物質の海洋への大量ぶちまけだから、純粋に新たな公害発生以外の何ものでもない。とんでもない話です。

 

 

 大事故を起こし、本来倒産していてもおかしくない巨大企業・東電の営利のために、新たな公害発生を政府機関が認める。異常です。 

 

 

 

大阪じじい報告=220504  公務員の仕事

 このところ国内のニュースといえば、知床遊覧船沈没事故がメインのようですね。楽しい気分で旅に出かけた先で、とんでもない事故にあい命を落とすなど、ちょっと悲惨すぎます。

 

 遊覧船の運航状況のひどさが、次々に明るみに出されています。以前も座礁事故を起こしていた、通信用アンテナが壊れていて本部と通信出来ない状況だった、海が荒れてきたら引き返す「条件付き運航」だった等々。

 

 テレビで遊覧船運航会社社長の記者会見が行われた時、わが老健職場のデイケア利用者も職員も、大型テレビモニターに見入っていました。テレビで会見が始まる前、利用者や職員が「事故直後、社長はマスコミの記者の前で、足を組んで、ふんぞり返っていたそうや」「もうそれだけでアウトやね」「なんか人相悪そうな人やったで」「さあ、どんな釈明するんかなあ」など、いかにこの運航会社の社長が“悪人”であったかをヒソヒソと話し合っています。

 

 たしかに、かなりいい加減な会社だったようですね。通信用アンテナが壊れているから、通信は船長個人のケータイ電話に頼っていたといいますが、飛行機など通信手段は3重、それも発電機のすべてがダメになっても最後の最後まで通信システムは生き残るよう、バッテリー電源を使用していました。街中を走る、わが老健の送迎車ですら、各送迎車付属のケータイを所持して運行しています。

 

 また「波高など安全基準オーバーではあるが、様子を見て『危ないと思ったら引き返す』という条件付き運航だったということに対し、国土交通省は「条件付き運航などあり得ない」と言ってました。まさにその通りです。こういう安全性の欠如した運航体制の会社の責任者に、世間の批判が集中するのは当然でしょう。

 

 だけど、私が思うのは「では、こういうとんでもない会社を野放しにしていた監督官庁の責任はどうなってるんだ」ということ。

 

 民間企業というのは、モウケることが目的です。いろいろきれいごとを言っても、モウカらなければ、サービスだろうが、安全だろうが、従業員だろうが、地域社会だろうが、バッサリ切って捨ててしまいます。放っておいたら、人類や地球の未来ですら壊しかねない。だから、しかるべき権力を持った機関による公正で厳格な監視、監督が必要なんです。具体的には、今回の場合は国土交通省による監視、監督です。今回の事故で、国交省は、まるで他人事のように、マスコミや事故を非難する国民の側にたって、いっしょになってこの遊覧船運航会社を批判していますが「国交省よ、おまえら、いったいなにをしていたんだ」と思うのです。

 

 そういうことを言うと、たぶん国交省は「そんなこと言っても、いちいち全国の中小船舶運航会社に目を向けているヒマはない」と言うでしょうし、実際そうでしょう。

 

 公務員は決められたことしかしない、お役所仕事=ダラダラやる、機転が利かないなど、まことしやかに流布される「働かない公務員」像。「ムダを削る」、そういって公務員を減らし続けた日本。 その結果、人口当たりの公務員数は、今やヨーロッパの半分。あの「民営化大国」アメリカの6割しかいない。過労死すら生じているほど多忙になっている。当然、公正で厳格な監視、監督などできるはずない。 

 

 今回のコロナ禍で、世界各国の対応の速さに対し、モタモタ、グズグズの日本の行政のひどさは、ただ単に安倍晋三さんや菅さんが無能だっただけではなく、公務員が少なすぎることも一因でしょう。社会が安全で快適で公正であるためには、金を持っているやつ、強いやつらの金モウケ競争を野放しにするのではなく、国民の立場に立ち、ルールにのっとり厳格に監視、監督できる公務員体制が絶対必要だし、それが憲法の精神にのっとったものだと思います。

 

 

 

 

大阪じじい報告=220421  地下水の働き

 朝方は寒いくらいなのに、昼間は30℃くらいになる。体調がおかしくなりそうです。デイサービスなど、街中には、たくさんの種類の送迎車が走っています。その多くがトヨタ・ハイエースです。

 

 ハイエースは、もともとは貨物車です。だから、狭い路地裏の工事現場や工場へアクセスしやすいように、小回りがきき、荷物の積み下ろしが楽にできるように、ホイールベース(前輪と後輪の距離)が短く、床面が高くなっています。重い荷物を支えるため、足回りは、もちろん独立懸架などではなく、後輪はリーフスプリング(板バネ)です。まさにトラックと同じです。 

 

 ホイールベースが短く、床面が高い、板バネだとどうなるか? 「ハデに揺れる」のです。路面のちょっとしたデコボコに大きく反応します。まあ「貨物車」として使うなら、それでも問題ない。 けれど、そこにいろいろ持病を持った、体力的に弱ったお年寄りを乗せるとなると、なかなか大変

です。デイサービス送迎車の室内はカーペットが敷き詰められ豪華感は出してあるけど、乗り心地はわがマイカーの軽4より悪い・・。

 

 デイサービス送迎車運転の仕事をするまで「街中における路面状態」など、ほとんど気にしたことなどありませんでした。けれど最近は、路面状態を絶えず見ながら、できるだけデコボコの少ないところを選んで走るくせがついてきました。そうすると、路面状態について、いろんなことが見えてきます。

 

 路面のデコボコ→工事による掘り返し→その後の修復→路面がモザイク模様のようになる、のが一つの要因ですが、それだけではないようです。

 

 たとえば、年とともに路面が波打ってくるところ、局部的にペコンと陥没しているところ、勾配区間でアスファルト全体がずれてしわが寄っているところ、その地域全体が沈下していきつつあるところなど、様々な理由で路面がデコボコになっているようです。そしてこれらのデコボコ要因の根本にあるのが「地下水の働き」だといいます。

 

 日本は湿潤な気候です。雨が多く豊かな地下水が流れています。それが絶えず、地中の土を流したり移動させ、その上の表面に影響を与えているのです。福島第一原発では、この地下水の流入が抑えられず、廃炉作業が難航しています。

 

 むかし、京都の四条通で路面陥没事故が起こった。これは阪急電車を地下化したため、地下水の流れが変わったためでした。箕面国定公園の「箕面の滝」の水が激減し、滝がショボくなったため、現在はポンプで水をリサーキュレーションしているという。滝の水が激減した理由は、R423から北へ箕面の山をトンネルでブチ抜いて「箕面グリーンロード」なんていう名の、箕面のグリーンを破壊する道路を作ったため、地下水脈が涸れてしまったからだという。

 

 こういうのを見ていると、いま国家的大事業として莫大な費用をかけ進められているリニア新幹線建設、あれが環境に与える影響の大きさが気になって仕方がありません。昨年、東京外環道建設工事による地盤沈下、陥没事故が起こりました。「大深度地下工事だから、地表には影響はない」なんて、御用学者が言ってましたが、大はずれでした。 

 

 中央構造線という日本の背骨のエネルギーの集積地に穴をあけるリニア新幹線は、外環道や箕面のトンネルとはけた違いの規模。大井川が涸れてしまうかもしれないということは言われていますが、それ以外でもどんな悪影響が出るのか全く未知数でしょう。それをろくに検証もせず、ただ「東京から名古屋、大阪へ30分ほど早く行ける」だけのために推し進めていいのか・・・。

 

 ロングホイールベース、ワイドトレッド、独立懸架、揺れない静かな車内の高級車に乗り馴れたエライさんたちは、地下水が地表にどれだけ影響を与えているか、知識はあっても実感としてわからないでしょう。そんな実感としてわからないヤツが、とんでもない計画を作って、莫大なカネを使って、平気で自然環境を破壊させる。 

 

 財界のトップ、高級官僚、御用学者、こういうヤツラにはハイエースに乗ってもらわなければ・・・。    

  

 

 

 

大阪じじい報告=220409  桜、いつまでも

暖かくなり、桜が咲き始めたなと思っていたら、もう盛りが過ぎ、葉桜になっています。季節の移ろいは早いですねえ・・。 桜は咲き始めたら、木全体がウワアッと花に覆われます。それが、花吹雪を伴って、あっという間に散ってしまう。

 

 かつて、そんな桜の華やかさ、潔さ、あっけなさに「武士道精神」や「特攻精神」を重ね合わせたりしました。

 しかしね、花が散りはじめたら、道路は花びらでピンク色に染まり、特に舗装路は滑りやすくなる。お年寄りにとっては危険。桜の木の近くのお宅では、毎日毎日道路掃除が欠かせない。掃除せず放っておくと、花びらは茶色っぽく変色し、車にまき上げられ、泥とまじりあい、あのきれいな桜の花びらとは思えない薄汚い様相を呈します。大量に溝に流れ込めば、下水が詰まる。

 

 花の後には若葉が出てきます。桜の若葉は、それそのものがとってもきれいで端正な形をしています(桜って、花も葉も、そして紅葉もきれい。アイツは本当に樹木の中の優等生ですね)。だけど、やわらかくおいしい桜の葉は、虫たちも大好物のようです。毛虫がいっぱいつきます。若葉に覆われた桜の木の下を通る時は要注意です。

 

 パッと咲いて、サッと散る桜に「武士道精神」や「特攻精神」を重ねるヤツは、きっと桜の花だけを見ているのでしょう。桜全体を見ていない。花が散った後に残された者の苦労を知らない。そんなヤツラが「桜のように、みごとに散ってこい、国のため」と若い者をけしかけた。それを拒否できなかった、批判すらできなかった。 

 

 そんな残酷な時代に対する深い反省のもと「戦争は絶対しない。だから武力は保持しない」から、「国を守るためなら、核兵器だって保持してもよい。場合によってはアメリカに付き従って戦争してもよい」と憲法を変える動きが急です。 

 

 もし改憲されたら、航空労働者は「散るのは覚悟」させられかねない。労働条件の切り下げどころか、命すらお国に捧げさせられかねない。絶対そんなことさせてはならないと思います。

 

 

 桜を見て「きれいだなあ」と喜んでいられる世の中を、いつまでも守りたいですね。

 

 

 

大阪じじい報告=220322  獰猛になる

暖かくなってきて朝夕の冷え込みが緩み、過ごしやすくなってきたけれど、花粉症が全開となりました。目はかゆい、鼻が詰まる、そして今年は咳が出る。狭いデイサービス送迎車の中でゴホンゴホンとすると、みなさん嫌だろうと思うと余計に咳きがでそう。つらい状況になっています。

 

 加えて、運転手の一人が今月、体調不良で退職。さらにもう一人が同じく体調不良で急きょ入院、休職になります。あわてて運転手を募集していますが、採用しても、すぐ独り立ちして仕事は出来ない。 

 

 現在、3~4日/週ですが「来月から4~5日/週でやってもらえませんか、すみませんけど」と言われています。過労死しそうだ・・・。

 

 毎日報じられる、ロシアによるウクライナ侵攻のニュース、心が痛みますね。あるニュースで報じていた映像、ウクライナの、あるアパートの監視カメラの映像です。

 

 3人のロシア兵が、アパートの敷地内に銃を構えて入ってきます。ところが、そこに住民のオヤジさん(頭がハゲてたから、それなりのお年でしょう)が立ちはだかり「ここはわしらのアパートだ。出ていけ!」と怒鳴っている様子。ロシア兵たちが一瞬たじろぎます。そこへおそらく同じアパートの住民であろうオバさんが加勢し「そうよ!あんたたちの来るところじゃない!」と叫んでいるようです。スゴスゴと3人のロシア兵は退散していきました。

 

 ロシアはこの数十年間、直接的戦争はしていません。この若い兵士たちは実戦の経験はないでしょう。いくら命じられても、見知らぬ人を、簡単に殺すことなどできない。若いロシア兵からすると、おそらく自分たちのとうちゃん、かあちゃんみたいな人たちに怒鳴られる。親に叱られているような気になったのかもしれません。

 

 カリフォルニア大学のデーン・アーチャー教授が20世紀末に「暴力と殺人の国際比較」というレポートを発表しています。20世紀初頭からの70年間に、世界の110か国で起こった殺人などの事件を分析したものです。

 

 それによると、殺人事件が多発している国は中米やアフリカなど、経済的に貧しい地域です。一方、先進国を見てみると、一つの傾向が現れているという。それは「その国が関わる戦争が始まると、国内ではじわじわと殺人事件が増加する、終戦直後ピークを迎え、やがて減少し始める」ということ。そんな中「日本における殺人事件が、極端に少ない」というのも指摘されています。 

アーチャー氏は「平和主義が極めて長く続いてきたことが理由だろう」「長きにわたり戦争もなく徴兵制もなかった国は他にない」と。

 

ウクライナをめぐり、心を痛めるようなニュースが連日報じられます。それを利用して「日本が攻められたら、ああなるのだ」「攻め込まれないよう敵基地攻撃能力を」「核武装を」「自衛隊を憲法に書きこめ」と自民党も維新も張りきって叫んでいます。しかし、そんなことをしてはいかんのです。“人殺し”はいけないのです。ところが戦争というのは、国家が人殺しを強要するのです。見たこともない、べつに恨みがあるわけでもない人を「殺せ」と言われても、普通の感覚があれば出来ない。それをできるように訓練し、実行させるのが戦争で、軍隊です。国をあげて人殺しのための訓練をし、武器を与える。社会が「獰猛、猛々しくなる」のです。

 

「憲法に今ある自衛隊を書き込む。ただそれだけ。何も変わらない(安倍晋三)」ことはないのです。 

 

 

 

 

大阪じじい報告=220312  人民の力

3月12日から、奈良・東大寺二月堂で「お水取り」という行事が行われます。「お水取りが終わらんと、関西に春はけーへん(来ない)」と言われますが、まだお水取りが始まったばかりなのに、今朝は大変暖かい。

 

 近年、もうずっと暖冬続きだったのに、今年の冬は「昔ながらの、根性のある冬」でしたから、お水取りが終わるのを待たずに暖かくなるのはありがたいことです。

 

「なんか、選手がかわいそうやね」と、わが職場の介護ヘルパーさん。なんのことかと思ったら、パラリンピックの選手の話。テレビのニュースは、ロシアのウクライナ侵略のこと、新型コロナのことがほとんどで、北京パラリンピックのことなど、ほとんど話題にならない。「せっかく頑張ってるのにねえ・・」と。たしかに軍事侵攻による火の手があがっている時、スポーツ中継で喜んでいる時ではない、という雰囲気ですね。

 

「ほんまにプーチン、ハラたつわ~。 けど、どうなるんやろね。プーチン暗殺されるまで、続くんやろか・・・」とはなかなか物騒な見解です。「けどね、おれが救いと思うのは、ロシア国内でも、ものすごくたくさんの人たちが立ち上がって『戦争やめろ』というデモが起こっていること」という見解を、もうちょっとしどろもどろでいうと、「う~ん、そうみたいやけど、結局みんな逮捕されてしもてるし・・・」と、人民の無力さをヘルパーさんは嘆きます。

 

 勝てるかどうかわからない、潰されるかもしれない、逮捕されるかもしれない、けれど黙ってはいられないから行動する、自分の思いを表明する、というのは民主主義を守るための基本的態度です。アベ政権下で、秘密保護法、安保法制、共謀罪など、悪法が次々成立しました。その結果、日本は法的にかなりヤバい国になってしまっています。だからみんなおとなしくなった・・・ということはない むしろ元気になった。

 

「アベ政治を許さない」というプラカードやステッカーを堂々と掲げ、国会前や街中を、若者を先頭にデモするようになりました。大きな変化だと思います。ただし、まだその行動する人たちの範囲は小さいのが現状でしょう。

 

 とくにこれまでそういう社会的、政治的な行動・意思表示を経験してこなかった人たちにとって「人民の力」はなかなか実感できない。庶民は無力、世の中はエライ人が動かす、いくら庶民が頑張っても潰される、「ウクライナ侵攻→プーチンが悪い→プーチンを暗殺→平和が戻る」 ー この図式が、まだ日本では強いように思います。

 

 この庶民の無力感を突き崩し、庶民が自由に意思表示する世の中、「ハラたつワ~、プーチン! 今度、うちの近所でデモしよかと思てんねん!」とヘルパーさんがいう世の中になれば、もうちょっと世の中、良くなるのではないかと思っています。

 

 

 

 

大阪じじい報告=220225  プーチンよ

またまたとんでもない事態になりました。ロシアのウクライナ侵攻。

 

 他国内に自分の手先みたいな組織を作り、そいつらが勝手に独立を宣言する。その手先を「守るため」あるいは手先から「要請があった」とかいって軍事介入する。日本が満州国を勝手に作って中国に侵攻していったこと、アメリカがベトナムの南半分にかいらい政権を作りベトナムに軍事介入していったり、同時テロを口実にアフガンの現政権を倒し、かいらい政権を作り、軍事介入をし続けたことなどと、よく似た手口です。

 

 けれど結局、日本もアメリカも、手痛い敗北を喫して撤退せざるを得なくなりました。軍事的に劣っている相手に追い出された。なぜか。人民の支持を得られないからです。

 外国がズカズカ入ってきて、「ハーイ、ミナサン、キョウカラワタシガ、アルジデ~ス!」などと言っても、人民は受け入れない。いくら軍事的に勝っていても心は動かせない。

 

 プーチンよ、ロシアは必ず退敗するぞ。どうする、プーチン!!

 

 わがマンションの東にロシア領事館があります。太平洋戦争でソ連が参戦した8月7日や何かの記念日など、ロシア領事館の周りをたくさんの右翼の街宣車が、軍歌を鳴らしながら、シュプレヒコールをがなり立てながら、一日中走り回ります。わがマンションにもその喧騒がとどきます。

「ホッポーリョード、カエセ~!」「カエセ~!」「日本からデテイケ~!」「デテイケ~!」と。

 

 もしかしたら今日も右翼がやってくるかと思いましたが、来ない。静かなものです。今日こそ、徹底的に「ロシアはウクライナから出ていけ!!」とやればいいのに。

 もしかしたら領事館の前にデモ隊がいるのでは、と見に行きました。いませんでした。ただし3人ほど、若者が手書きのプラカードをもってスタンディングしていました。素早い対応に頭が下がります。インタビューしてみたかったんですが・・・彼らは数人の警官にわきを固められ、ちょっと近づき難い雰囲気。

 

 領事館前も機動隊員がズラリ。私が領事館前をバイクで通過するのを、たくさんの機動隊員が目で追う。痛いほど視線を感じてしまった。結局私はなにもせず、たくさんの機動隊員に見つめられ、スタンディングの若者を励ますこともせず、スゴスゴと帰ってきました。根性なしです・・。

 

 今回のロシアのウクライナ侵攻に際し、維新の松井代表がツイッターで「志位さん(共産党委員長)、憲法9条の下でも平和が守られるなんて言ってたが、あれを見てどうなんだ」みたいなことをツイートしていました。

 

 

 やっぱり国を守るためには憲法を変えて強い軍備をもたなけりゃ、と言いたいのでしょう。このアホ男、今回の事態の深刻さをわかっとらんのやないか。今そんなこと言うてる場合か。オマエ、それでも公党の最高責任者か。オマエは大阪人の恥さらっしゃ!と、思いつつ、なにかとてもやりきれない気持ちでいっぱいです。

 

 

 

 

大阪じじい報告=220209  手のひらの上で・・か

寒い日が続きます。時おり、北風に乗って、日本海側からの“こぼれ雪”が、ここ大阪北部にも舞い落ちてきます。

 

 だけど、日の暮れが遅くなってきました。年末あたりでは、後発のデイサービス送迎車が出発する時間帯は、もうすっかり暗くなっていたのに、2月ではまだ夕日が残っている。狭い路地裏を走らなければならない送迎車の運行にとって明るいことはありがたい。春は確実に近づいています。

 

 デイサービス送迎車を運転していて、最近気づいたことがあります。送迎車の運行にとって、ちょっとわずらわしいのが「犬の散歩」。歩道のある広い道ならいいのですが、多くは狭い狭い車幅ギリギリの路地を走ります。そんな所で、夕方のワンちゃんの散歩に、よく出くわします。

 

 ハイエースをユ~ックリ進めていくから、ワンちゃんは車をナメてか、どいてくれない。飼い主は、というとスマホに夢中・・・。直前まで車が近づかないと気づかない(ホンマにスマホ、なんとかせ~よ!)。これ、男性の飼い主に多い行動パターンです。

 ところで、この「犬の散歩」で気づいたこと。飼い犬のほとんどが「小型犬」だということ。チョロチョロ走り回る「ポポちゃん」だの「ココちゃん」だのが似合う犬。大型犬はもちろん、中型犬もめったに見かけません。 

 

 近頃、犬はほとんどが室内で飼われているようです。外で飼っていて、通行人が通るたびに吠えついたりするのは、近所とのトラブルのもとになるのでしょう。だから犬は室内で飼う。とはいえ、デカイ犬を狭い室内で飼えない。飼うならどうしても小型犬となる。日本の都市の、狭くて密集した住宅事情から、必然的にそうなるのでしょうね。エサ代のこともあるかも知れません。

 

 こんな小型犬どうしが、散歩の途中で出会ったりすると、お互いしっぽを振り振り、匂いを嗅ぎ、嬉しそうにじゃれ合いますが、飼い主に「これ、ポポちゃん、行くよ」などと言われ、引っ張られ、引き離され、遠ざけられていきます。ワンちゃんたちに、交流したり恋愛したりする自由はありません。

 

 それから、街路樹が変わってきているなあ、と思います。柳、箕面ではほぼ絶滅しました。むかしは川や池の周りには柳が常連でした。これは柳の根っこが地中で細かく広がり、まるで網のようになり、土手の土をしっかりつかみ、水に流されないようにしてくれるからです。土手が丈夫になるのです。しかし現代では、そんな柳のがんばりより、手っ取り早くコンクリートで土手を固めりゃいい。そして土手の上に道路を作る。柳なんかじゃまだから切り倒されてしまえ、となる。 

 それから、街路樹の定番、イチョウやサクラ。これらは古い道路際では、立派にそびえていますが、新興住宅や新しい道路には、サルスベリやハナミズキなどの、どちらかというと、きゃしゃで小ぶりなものがほとんどです。じつはこれ、全国的な傾向らしいですね。

 

 イチョウやサクラなど、いわゆる大木は成長すると、電線に引っかかり、虫がつき、盛大に道路に落ち葉をまき散らし、世話が大変だそうです。「手のかかるヤツは嫌いだ!」ということらしいです。だからあまり手のかからない、小ぶりの街路樹が増えているといいます。

  だけど、夏場の都市の熱地獄。アスファルトは60℃以上になるが、大木の木陰では、路面は約20℃くらい温度が下がるそうです。また桜の成木は1本で10人分くらいの酸素を放出すると言います。何にも言わないけれど、都市の汚れた空気を浄化しながら、人にやさしい木陰を作ってくれるのが大木なんですが・・。

 

 犬にしても街路樹にしても、「管理する側」の手のひらの上でコントロールできる範囲でのみ生存が許される。日本社会の現状を反映しているようです。 欠点はあるが、いい面もある、いろんなヤツがいて、それぞれ楽しく生きいきと暮らしていける社会のほうが、楽しいのじゃないかなあ、なんて思いますがね。 

 

 

 

 

 

大阪じじい報告=220126  方言がなくなる

コロナ禍は、この夏あたりで収束するんじゃないか、などと思っていたんですが、ちょっと甘かった。収束の見通しがつきませんね。 

 私の勤務する老健は、現在のところ、職員、利用者含め、だれもコロナ感染者がいません。「こんだけ感染が広がってい.るのに、奇跡的やねえ」とみなさん。たしかに。

 

 そんなコロナ禍の下、相変わらず時々旅に出ています。せいぜい一泊二日の小旅行です。「やめなさい、大阪から来た言うたら嫌がられるよ」と妻はいいますが、そんなことカンケーない。楽しくてやめられない。

 3密を避け(というか一人旅だから、3密になりようがない)出かけます。

 

 いろんなところに出かけて思うこと。それは「なんや、どこも同じ顔やなあ・・」です。街の個性が無くなってきている、ということ。有名な山や海、川などの自然の織り成す景色は当然その地方の特徴ですが、人が作った町は、どこもかしこも同じになってきています。 

 その街の由緒ある旧家などを壊して駐車場にしてしまう。駅前にスーパーがあり(そのスーパーも全国チェーンのもの)、国道には車がゴーゴーと流れ、コンビニがあり、ディスカウントストアがあり、これまた全国チェーンの紳士服の店がある。ガソリンスタンドもそう。目隠しされて京都の伏見あたりの住宅街に連れて来られて、目隠しを外され「ハイ、ここは豊中の豊南町です」と言われたら「ハア、なるほどね」となる。

 

 いや、人間が作る街並みだけではない。山も海も川も「自然のままに残しておくのは罪悪」とばかり、コンクリートで固めてしまい、これまた個性をぶち壊しつつあります。加えて、ご丁寧に「関係者以外立ち入り禁止」などの看板までぶら下げて。 

 なんでも、毎年日本が使うコンクリートの量は、日本の20倍もの面積のアメリカの3年分の量だといいますから、日本は、すさまじい勢いで全国津々浦々、同じ顔にされようとしているわけです。

 

 こんな個性が無くなりつつある日本を旅していて「オッ、他所の街に来たな」と思わせるのが“方言”です。関西とは違うアクセントの言葉を聞くと“遠くへ来た感”があります。

 ところが、この方言も、最近はどんどん無くなってきていることは、以前報告した通り。わが町では、子どもたちのほとんどは関東地方の言葉に基づく「テレビ・アニメ弁」を話します。

 ああ、日本は、町も自然も、そして言葉も、どこへ行っても、み~んな同じになるのかなあ。こういう流れに逆らって、個性を主張するようなヤツは異端視されるのでしょうね・・・。

 

 方言というと、記憶に残っているのがあります。

「ウチナーンチュウ、マキテーナイビランドー!(沖縄人、負けてはいけないぞ!)」。

辺野古基地建設反対の県民集会での、故翁長沖縄県知事の、ふり絞るような訴えです。   

 

 

 

 

大阪じじい報告=220104  今年の抱負は

年明けには、よく「今年の抱負」が語られます。「今年こそ、ダイエットするんだ」「ジョギングを始めるぞ」「タバコをやめる」「勉強して資格を取る」「老後の資金を貯める」など、年始にあたって、各人いろいろと目標を持ちます。だけど、なかなか“初志貫徹”は難しいもんですね。

 ある知人など「健康のため、早朝ランニングを始める」と意気込んでいました。「その後どう? ランニング続いてる?」と聞くと、1日でやめた、と。「三日坊主どころか、一日坊主やなあ」なんて言ってました。

 

 よく「ウォーキングやジョギング、自転車など、有酸素運動は、心肺機能や持久力を強化し、また足を動かすことにより血流を増やし、脳の活性化を図る。血圧を最適な状態に保つ働きもあることが分かっている。認知症の予防効果もある」などと言われます。いや、言われるだけでなく、実際にそうなのでしょう。だけど、なかなか続けられない。わかっちゃいるけど続かないのです。なんで続かないのか。

 

 凍えるような真冬の夜明け前。まだ真っ暗な午前4時台。わが街を流れる千里川の川沿いの遊歩道に、チラリホラリではあるけれど、ウォーキングやジョギング中の人影を見かけます。この人たちに「こんな寒い、真っ暗な早朝になんで歩いているんですか?」と聞いてみたら、なんと答えるのでしょう。おそらく「そりゃあ、有酸素運動で血流を増やそうと思っています」「心肺機能向上を願っています」などと答える人は、ほとんどいないでしょうね。たぶん「早朝は空気がさわやかで、気持ちがいい」「車が少なくて静かで気持ちがいい」などでしょう。 

 そう「気持ちがいい」がキーワードではないかと思います。

 

 昨年の「敬老の日」に、TVで、90歳の老婦人のことが報じられていました。この女性、スポーツジムの現役インストラクターです。87歳でインストラクターデビューした人です。それまでスポーツなど何もやったことがない。「あえて言えば、戦時中、空襲の消火のためのバケツリレーの練習をやったくらい」と。戦後は結婚して専業主婦。ブクブク太ってしまって「このままではいかん」と思い、子育ても終わった65歳の時、チラシを見て、とあるスポーツジムに体験加入します。

 TVのレポーターが「辛くなかったですか?」と問うと、この人「そりゃーもう、次の日は体中が痛かった。だけど、ハマっちゃったんです!」とお茶目に笑います。そう「ハマってしまう」です。

 

 むかし、「おさかな天国」という歌がヒットしました。

 ― さかな、さかな、さかな、さかなを食べると、あたま、あたま、あたま、あたまが良くなる、さかな、さかな、さかな、さかなを食べると、からだ、からだ、からだ、からだにいいのさ。さあさ、みんなでさかなを食べよう・・・ ―

という歌詞。

 

 あれを聞いて思ったのは、さかなを食べるうえで、最も大切な要素が抜けているではないか、ということ。魚は、動物性たんぱくが豊富、カルシウム豊富、EPA、DPAなど血液サラサラ成分が豊富など、人間の健康にとって素晴らしい栄養素が豊富なのは確かですが、だから人はむかしから魚を食べてきた、のではない。それよりなにより、さかなはウマイのです。さかなを食べる第一の目的は「おいしい」んですよ。それが歌詞から欠落している。

 

 とかく日本人は、何をするにも「これこれこういう理由で体にとっていいから」とか「こういう働きがあるから」とか、なんにでも理屈をつけて、だからがんばってやりましょう、続けましょう的に「良い事」を押し付ける。だけど、そういう理屈で押し付けられたリ、理屈に負けて、理屈にのっとって目標を決めても続かないんです。

 

 なんで、クソ暑い真夏に、わざわざクソ暑いテニスコートでテニスなんかするのか。

 なんで、クソ寒い真冬の早朝に、わざわざウォーキングするのか。

 なんで、安い輸入鶏肉を食えばいいのに、わざわざ高い魚を買うのか。

 楽しいからです。気持ちいいからです。おいしいからです。

 

 一年の目標は、なにも苦行を設定することはない。楽しい事、気持ちいい事、ハマってしまうこと、マイブームをさらに伸ばすような目標を立てれば、目標めざして一年中楽しめるんではないでしょうかね。 

 

 ということで、今年もどうぞよろしく。

 

 

 

大阪じじい報告=211219  寒さに負けず

今朝は雪がちらついています。大阪は、日本海まで直線で 100km足らず。だから関東と違い、冬型の気圧配置が強まると、よく雪がちらつきます。ただし、積もることはほとんどありませんがね。本格的な寒い冬がやってきたしるしです。

 

 寒い冬に、寒い話です。「令和3年度の年金額は、法の規定により、令和2年度の年金額に対し、0,1%の減額となります」と年金機構。来年はさらに0,5%減らすそうです。減額の理由はというと「物価が下落したから」と「賃金も下落しているから」だそうです。

 

 「物価が下落している」というが、スーパーに行ってみればわかると思いますが、野菜・果物、高い。魚なんか、超高い。小麦製品も高い。ガソリンも高い。物価下落どころか、むしろ高騰と言える。 何が「下落」だ!と思ったら・・・・「宿泊費」だそうです。

 ホテル、旅館などの宿泊費が下落しているんだと。なんで? 「GO TOトラベルやったから」だそうです。「GO TOで、国民のみなさん、たのしく遊んで、ラクしたでしょ。生活も楽になったでしょ。だから年金下げますよ」ということですよ。

 フザケトンノカ!!

 

 「賃金の下落」については、これはもう様々な情報からもわかります。ANAはじめ、医療関係で、一時金がゼロだったり、雀の涙程度だったりで、おそらく相当の下落が生じているでしょう。「世間が苦しい思いをしているんだから、たんまり年金もらってるジイサン、バアサンだけがいい思いをするな」ということでしょう。

 ムカつくなあ!!

 

 賃金については、2000年の時点では、名目賃金は、日本は世界で2番目だったそうですが、今は22番目。アジアではダントツトップだったのに、現在は韓国に抜かれてしまっている。平均賃金は上がるどころか、むしろ下がっている 戦争や内乱が起こっているわけでもないのに、賃金が上がらない国は他にない、といいます。

 

 賃金について、こんな資料を見つけました。なんと、2010年10月発行の羽田の職場有志で作っていた職場新聞「おはよう」の記事です。懐かしいですね。以下記事を紹介します。

 

   物価が恒常的に下落する「デフレ」の原因は「賃金の下落」にある・・・という興味深い指摘が、富士通総研HPで紹介されている。「日本は、他の

  先進国と違い、賃金が傾向的に下がり続け、勤労者が購買力を失い、それが物価を押し下げる要因になっている」と指摘する。

  賃金が下がり続ける要因は・・・

  ・「雇用を守るためなら、多少賃金が下がってもやむを得ない」という考え方が支配的。 その背景には、転職が難しいことがある。

  ・低賃金の非正規労働者が大幅に増えた。 非正規労働者は外国でもいるが、他の先進国では「同一労働、同一賃金」が原則になっているため、

   日本のように、非正規は正職員の半分などという大きな格差はない。

  デフレを克服する対策は・・・

  ・非正規、正規の賃金格差の是正

  ・最低賃金の引き上げ

   などに真剣に取り組む、としている。

 

 さすが財界のシンクタンク。的を得た指摘です。ただ、財界や政府に、賃上げを期待していても絶対ムリでしょうから、ここは現役労働者や、私のような年金受給者が力を合わせ、運動していかなければなりませんね。

 

 

 

大阪じじい報告=211208  福井の町では

このところ、老健のデイケア利用者が増えてきています。利用者が増えるのはいいのですが、送迎車の数は変わらないのだから、1台当たりの送迎人数が増え、送迎スケジュールがタイトになってきています。加えて、コロナ禍が落ち着きつつあるからか、感染拡大を警戒してか、街中に車があふれてきました。あっちでもこっちでも渋滞。送迎時間に大きな遅れが出ます。あせります。

 

 先日、福井まで1泊2日の旅をしてきました。寒くなってきたし、距離もあるので、原付ではなく鉄道を利用しました。しかし「寒いから、遠いから」という理由でバイクを置いていくとは、我ながら情けない・・・。

 

 久しぶりの鉄道旅行。特急など使わず、普通列車を乗り継ぎ、乗換駅では途中下車して、その辺を散歩する、本当にのんびりした旅でした。往路は琵琶湖の東を回るルート、復路は西を回るルートを通りました。琵琶湖を巡る車窓の右には伊吹山、左には、まるで海のように広大な琵琶湖、そのはるか向こうに比良山系の山々が、それぞれ雪を冠って輝いています。

 

 しかし、目を車内に戻すと、まばらな旅客の、そのほぼ全員が「スマホ」を見ている。中には、乗車してシートに座るなり、ブラインドを「シャッ!」と降ろして「スマホ」を取り出し、そのままスマホとにらめっこ。ああ、もったいない! 

 

 湖北から日本海へ抜けるには険しい山岳地帯を通ります。深い山とトンネルの連続区間。むかし、ここを蒸気機関車で越えるさい、1台の機関車では力不足で峠を越えきらなかったので、さらに列車の後ろから、峠越え用の機関車が助っ人として後押しをしていたそうです。今は電車が、まったくスピードを落とさず、というか、ものすごいスピードで峠を越えていきます。技術の進歩はすごいですが、トンネルの出入り口では気圧変化で耳がおかしくなります。

 かなりむかしの伊丹勤務時代、ここを職場旅行で通ったことがあります。その時はすでに電車が走っていましたが、こんなにスピードを出していなかった。せいぜい70km/hくらいでした。今はおそらく100km/hは出している様子。「何をあせってるんだ、そんなに飛ばさなくても」と思います。 

 

 乗り継ぎ駅では、乗り継ぎの列車まで結構時間があるので、駅から外に出ます。ほとんど無人駅だし、長距離では途中下車OKですから。ただし途中下車した場合、次に乗る列車の発車時刻を確認しておかなければなりません。なにしろ、この辺りでは「駅に行く、少し待つ、列車が来る、乗る」というわけにいかない。「駅に行く、少し待つ・・・列車は来ない、多少待つ・・・まだ来ない、クッソ~、かなり待つ・・・やっと来た」という状況です。

 では、めったに列車が通らないのかというと、そうではない。結構、頻繁に来る。ただし特急ばかり。普通列車の次は大阪発・特急サンダーバード、その次は名古屋発・特急しらさぎ、さらにその次は大阪発・特急サンダーバード…という感じ。7~8割は特急です。

 結局JRという会社は、地域の足としての公共交通機関というより、遠い都会の旅客の方ばかりを見ているのでしょうね。ANAが離島路線より、国際線ばかり見ていたのと同じですな。 

 

 福井市は県庁所在地で、高層の建物や広くまっすぐな大通りなど、どこの都市にも引けを取らない都市です。が、「静か」なんです。そしてキレイ。ゴミひとつ落ちていない。人が少ない。車だけはそれなりに流れてはいるが、大きな通りを少し入るとシ~ン。夕方6時にもなると、駅周辺を除いて、人影無し。一応、都市としての便利さは持ちながら静かでキレイ、というのは、ちょっとした魅力です。

 

 そんな静かでキレイな福井の中心部は今、ものすごい大工事がすすめられています。北陸新幹線の建設工事です。巨大クレーンがうごめき、鋼材を満載したトラックがせわしなく出入りしています。ショベルカーが地面を掘り起こし、「ガーン! ガーン!」と鉄を打ちつける轟音が鳴り響いています。あっちにもこっちにも「北陸新幹線開通するんだ~!!!」「北陸新幹線、バンザイバンザイ!!」「東京へすぐいける!! 東京は近い!!」の看板。

 福井駅のホームに立っていると、工事現場の何十台もの重機から排出されるディーゼル・エンジンの排ガスで咳きこみそうになります。「新幹線がそんなにいいのか、東京がそんなにいいのか」と思っていたら、「北陸新幹線を早期に大阪へ!」の看板も。

 

 静かで整然とした福井は、それだけで魅力的なのに、なぜか東京や大阪に近づくことに必死で、静かでキレイな街が壊れそう。「キミは今のキミのままでいいのに」と思いますがね。 

 ゲストハウスに宿泊。1泊朝食付き3400円也(補助金により2000円安くなってます)。 運賃のみ、片道3410円也でした。

 

 

 

   

大阪じじい報告=211126  R/W 32L エンドから

先日、伊丹空港のB滑走路南端、RW32Lエンドに、飛行機を見に行ってきました。(伊丹空港撮影スポット⑤です)

やはりコロナによる減便のせいか、以前のように、ひっきりなしに飛行機が着陸する、という状況ではないけれど、休日ということもあり家族連れなどギャラリーも多く、けっこう楽しめました。

 

「日本で一番、飛行機が間近に見れる空港」のキャッチフレーズに恥じない大迫力のビューポイント。頭上一杯に覆いかぶさるような機体、耳をつんざく轟音、頭上通過直後の強風、そしてしばらく続く「ピシュピシュピシュ」「シュルシュルシュル」「ヒャオ~」などの気流の乱れによる怪音。

雨あがりでは、翼端やフラップ端にストレーキ(翼端で生じる渦)を引くのも見えます。B7などデカい機体が通過するとき、一瞬耳がツンときます。受験の時、空力で勉強した「ウィングスパンの約2倍の距離の翼下面の空気の圧力は高くなっている。これが揚力発生の原理」を裏付ける現象、これが体感できます。

 

 ビューポイントでは、カメラの放列。立派な3脚に立派なレンズを装着したカメラがずらりと並びます。全部合わせれば、私の車よりずっと高価なんでしょうね。マニアだけでなく、中にはプロのカメラマンもいるのでしょう。

 

 家族やカップルで見物に来ている人たちも大勢います。千里川の土手がR/Wエンドです。道は未舗装。道端には草や花が咲いています。小さい子どもたちは、飛行機そっちのけで、砂遊びや石を川に投げ込んだり草原でゴロゴロしたりして、ママから「コラッ!危ないでしょ!止めなさい!」なんて叱られています。「エエやないか。ほっといたれよ」と思いますがね・・・。 

 

 やがて南の空にポツンと機影が見えます。 「アッ! 来た来た!」「エッ!?どこどこ?!」「アッ!ホントや!」「アッ!見えた!」「ショータ!来たよ!ほらっ!あそこ!」など、あたりが騒然としてきます。タバコを吸っていたカメラマンは、火をもみ消しファインダーをのぞき始めます。子どもたちは「ア~!来た来た!恐い!こっち来る!」と騒ぎながら、それでも嬉しそう。

 機体がぐんぐん近づいてきます。機種が見分けられます。「B3-800やなあ・・」などと思っている・・・とその時、ギャラリーに奇妙な動きが。皆さん、“統一行動”をとりはじめたんです。

 

 カメラマンを除くギャラリーのほぼ全員が、おしゃべりをピタリとやめ、近づく機体にスマホをかざし始めたんです。横から見ていると、何か、宗教めいている。迷える子羊たちが、空のかなたから現れた救世主に、バイブルをかざし、救いを求める光景であるがごときです。

 

 飛行機を見に来る。だけど、わざわざ日本で一番間近に実物が見れる場所に来て、実物を見ず、ディジタル・ディスプレイの画像を通してみる。もちろん、その場にいるのだから、威圧感、風圧、轟音は肌で感じてはいるのでしょうが、意識の大半が「いい画像を摂る」ほうにいって、肌感覚はずいぶん薄くなるように思います。なんだか奇妙な感じがしました。 

 

 人間の脳の機能で、動いている対象物に対し、自分の動きと対象物の動きを判断して「このままいけば、〇秒後に対象物に到達する」という判断を非常に細かく分析する能力があるそうです。飛行機のTCASみたいですね。この能力は他の動物より格段に優れているそうです。そして、この能力はバイクに乗ることで鍛えられるといいます(これ、東北大学の研究結果ですから、信ぴょう性があります)。

 

 日本人が「実物を見て、実物の動きから、自分の感性を総動員して、実物の実態に迫る」という人間の本来の能力を発揮するのではなく、「とにかく、まずはディジタルデータ」という生き方に移行しているのではないか。そうなれば、ディジタル・メディアを通じて流されるフェイク情報が、すんなりとみんなの中に入り込むのではないか、と不安に思ってしまいました。考えすぎですかね。

 

 いずれにしろ、家族そろって、空港で無邪気に飛行機の撮影ができる環境、平和で自由な環境、は守っていかなければ、とR/W32Lエンドで思いました。